コミュニケーションについてあれこれ

 自分の意志を通そうとするだけなら、それはコミュニケーションではありません。誰かと意志を疎通させようという時は、少なくとも相手の考えを聞く(知ろうとする)行為は必須だと思っています。ところが相手の意志を忖度することだけでもコミュニケーションは成立しないのです。

 広くも無い道を自転車で走っていて、向こうから対向して自転車がやってくる。ゆっくり気をつければ十分すれ違えるだけの道幅はあるように思い、スピードを落としつつ相手がどちらへ寄るか伺う。その時たまたま目が合ってしまえば…
 相手はどっちへ寄るだろう。自分が相手の寄る方向を見極めようとしているのがどうやら相手にもわかっている。そして相手もこちらの意図を伺うような気配。右か左か。相手は右へ寄るだろうと私が考えていると相手は思っていると私が読んでいることを相手は気づいていてでもそういう考えの前に私の動きにあわせて右へ寄ってくれるだろうという私の期待を相手は…
 思考の合わせ鏡。お互いに相手の意図をはかってそれに合わせようとするため、無限に終わりの無い読み。
 で、結構すれ違えるだけの幅のある道なのに、真ん中あたりでガッシャーン。

 往々にしてこういう失敗があります。これは、相手の意図を慮るだけではコミュニケーションが成り立たないという例ではないでしょうか。


 大リーグの日本人選手列伝とかいう5分番組で、城島健司捕手のリードについて採り上げていたのをちらっと見ました。言葉がうまく通じない彼がどうメジャーの投手と意思を通わせたかというテーマでした。その中でマリナーズの投手(ヘルナンデス?)が、「ピッチャーの意図とキャッチャーの意図がマウンドとホームベースの間でぶつかるんだ」みたいなことを言っていて、これはとてもうまい表現だと思いました。
 捕手の意図が投手にそのまま理解されること、投手の意図を捕手がそのまま飲み込むこと、これらは一つのコミュニケーションの単純な図式のように思われますが、実はそこには意志と意志の双方向の疎通というものは無いのではないかと考えるからです。
 双方向の疎通とは(対話もそうですが)お互いの意志がそれぞれに投げられて、それが比喩的にはどこか両者の中間で一つの了解となっていくものではないでしょうか。「中間」と言いますのは、それがどちらか片側だけの勝手な了解ではなく、お互いにぶつけ合い、受け取りあいながら新しい理解を構築することがそこで成立していると思うからです。


 そしてもし「言葉」でしかコミュニケートできないということでしたら、言葉の違う者どうしは絶対に意志を疎通させることはできないでしょう。それは「自分の意志を相手に伝える」「相手の意志を受け取る」という図式にあまりに拘りすぎの見方だと思います。それがすべてならば、私は道の向こうから来る外国の人とぶつかってばかりということになってしまいます。また、言葉を知らない赤ん坊がどうやってコミュニケーションの道具としての言葉を身につけるのか、永遠の謎ということになってしまいかねません。


 「犬は人の言葉がわかるよ」というのは、犬が人の頭の中の文字化された思考を理解するとか、犬語をわかることができる人がいるとかいうことではなく、その犬とその人との間で「一つの新しい了解」が築けるという可能性を言っているものだと思います。
 たぶんコミュニケーションとはそういうものなのでしょう。

「自由な」コミュニケーションが一番難しい

 ところがそういう構えを理解したとしても、私は自分で「自由な」コミュニケーションを不得意としているように感じています。この自分の好きなように…っていうのが一番難しいです。買い物(商取引)でも近所づきあい(社交辞令)でも大まかなロールモデルは見聞きすればわかりますし、歳を食えば苦手でもなんとか場慣れする部分はあります。
 でもどうやって「友達」みたいなものを作ればよいというのでしょう。それぞれの人に千差万別の含意があって、お互いの想いがかみ合わないかもしれないのに。


 …ここらへんでは、おそらく「自分の意志を強く出す」人とか「相手の考えを高を括って読んだつもりになる」人の方が強者だと思います。そこら辺のファースト・コンタクトを適当にでもやってしまえば、案外コミュニケーション能力というのは柔軟性があって、不思議にうまくいく(時もある)のではないかと。


 私は言ってみればいつまで経っても向こうから来た自転車の人の眼を見ている状態なのかも(それが多いのかも)しれません。そういう「待ち」だけでは良くないと自分に言い聞かせるのですが、どうしてもそこに怖さを感じすぎてしまうというか。


 友達の名前を何人か書きなさい、と言われて、誰の書いたものにも自分の名前が無いというような状態を自分はとても怖れているのかもしれません。こういう躓きは、なかなか修正しようとしてもうまく行かないんです。
 ロールがあるコミュニケーション、そういう付き合いでしたらなんとかなっているんですが…。