大外刈りの思い出

中学で柔道部に入ったぼくは、まず背負い投げを部員全員が教わった後、ぼく向きの技として大外刈りを教わりました。


大外刈りは一人でも練習できる技で、右手を壁につき、1,2のステップで相手を引き付けて、3で足を払う。この払うときの足の速さが重要で、つま先が畳に触れるか触れないかのところを擦る感じで、足の裏が風をまいてロウソクの火を消すイメージで、右足を大きく早く刈る。木村政彦先生(ぼくの先生の先生だった)の本に書いてあったこの練習を、一日に千回以上はやりました。なぜかというと、背負い投げ百回より大外刈り千回の方がぐっと楽だったからです。


こうして身につけた必殺の大外刈りで、一本勝ちの山を築いた……といいたいところですが現実は厳しく、たいていは有効どまりで、勝ち星のほとんどは寝技でとっていたものでした。


最近になって、木村政彦先生の評伝を読んだら「木村先生の大外刈りは、かかとで相手のかかとを蹴るように掛けていて痛かった」と書いてあり、「木村先生ウソ書いてたんじゃん!」と二十数年ぶりにわかりました。ちくしょう、あの時わかってればきっと一本の山を築いてたのに。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか


ちなみに、木村先生による大外刈りの実例はこちら。

1951年にブラジルでエリオ・グレイシーと闘ったときの映像です。この素晴らしい大外刈り! 何だよ先生、この掛け方をどうして教えてくれなかったんだよう。


ことほどさように、ぼくにとっては思い出深い大外刈りですが、伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』でも主人公の得意技として出てきました。

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

ゴールデンスランバー (新潮文庫)

逃亡を続ける主人公が、出くわした警察官に大外刈りを掛けてKOする場面もあったものです。柔道は素人で大外刈りだけ使える主人公でしたが、日頃から鍛えているであろう警察官をKOするのだからやはり大外刈りは危険な技です。


そんな危険な技ですので、学校では禁止しようという動きが出てきました。


http://sankei.jp.msn.com/region/news/120330/szk12033002020000-n1.htm

「大外刈り」禁止 中学柔道指針 試合は座った状態で 静岡

 4月から中学で武道が必修化されることに伴い、県教育委員会重篤な事故が起きている柔道について、「大外刈り」を禁止し、投げ技を使った試合は行わない、などとする安全指導指針をまとめ、各市町の教委に通知した。県内では平成22年、中学の柔道部で大外刈りを受けた部員が死亡する事故が起きたこともあり、技の種類を制限する全国的にも厳格な内容の安全指針となった。

 県教委の指針は頭部外傷などの事故が予想される大外刈りは行わない▽投げ技を使う試合は行わない▽体格や技能の異なる生徒同士を組ませない−などとなっている。投げ技を使わなければ、試合は座った状態で行うのみとなり、立った状態での試合はできないことになる。

 1、2年生については「投げ技は互いに約束した動きの中で行うだけで、乱取りなどは行わない」と、より厳しい条件を課した。

 名古屋大学大学院の内田良准教授のまとめでは、22年度までの28年間に柔道中の事故により、全国で114人(中学39人、高校75人)が死亡。生徒10万人当たりの死者数も柔道は2・376人と、2位のバスケットボールの0・371人に比べ、突出している。

 県教委では「中学校では柔道の試合を全く行わないこともあり得る。礼に始まり礼に終わる柔道の精神は十分に学ぶことができる」と強調した。

 県教委によると県内の公立中173校(政令市を除く)のうち、柔道を選択したのは約75%。武道の授業は、中学1、2年で計約20時間、選択制となる3年でさらに約10時間行われる。

大外刈りが禁止されたらぼくは片腕と片足をもがれるぐらいのハンデですが、子どもたちの安全を考えれば仕方ありません。
試合は座った状態でやる、ということは寝技のみということですね。投げ技は約束稽古のみ。年に10コマしかない授業時間を考えれば、これでちょうどいいぐらいでしょう。
寝技のみでも充分に実戦の強さは身に付きます。柔道の本当の強さは寝技にあるといってもいいです。暴漢に襲われたときはとりあえず仰向けになれば安全です。


それにしても、大外刈りを禁止するのはいいけど、個人的には小内刈りの方が脳へのダメージはでかい気がするんだけどなぁ。あと、大外刈りと払い腰は実戦では非常に区別の難しい技なんですが、払い腰は禁止にならないんでしょうか。