第2章 白いブリーフ -6-

「スコッチ先生、ゆ、由起子先輩がっ、あああ」
 真一は狼狽していた。
「おい、真一、落ち着け。まず、死体には触るな。毛布とかもかけるな。そして、一度、部屋を出ろ。まず、ワイパックスヒルナミンを飲むんだ。さあ、いますぐやりなさい」
 真一はリビングに向かい、ポケットから常用薬を取り出し、水とともに薬を飲み下した。
「はあはあ、先生。飲みました」
 パニックになると、真一は携帯電話でスコッチの指示を受けることになっている。
「いいか、今度の事件は、前回のとは違うぞ。おまえは当事者で、第1発見者だ。警察への通報はしない方がいいだろう。落ち着いて来たか」
「ええ。でも、大好きな由起子先輩がこんなことになってしまい」
 真一は泣いていた。
「犯人の目星は」
「あるわけないですよ〜」
「由起子は夕べ何か言っていたか」
「そういえば。今朝、事件に絡んだことで何かおもしろいものを見せてくれるとか」
「どの事件だ?」
「さあ、わかりません」
「いいか、デジカメをもっているだろ?」
 東京のスコッチはきわめて冷静だ。頭のきれる男である。
 すっと、うしろから、キノコがデジカメを差し出した。いつのまに、起きて状況を知ったのだろう。
「まず、デジカメで室内を撮影しろ。そして、死体もよく撮ってくるんだ」
「でもお・・・」
「真一っ!」スコッチは声を荒げた。「おまえが刑務所に入るかどうかの瀬戸際だぞ。刑務所の便所には、おまえは、耐えられないぞ」
「はいっ。すみません」
 真一は震える手で室内の写真を撮り始めた。不思議な部屋だった。赤いカーテンにベッド以外は何もない。シンプルな部屋。
「由起子先輩、すいません」と言って、クローゼットを開いた。そこにはなつかしい夏服がたくさん並んでいた。それらは真一と過ごした婦人家庭部時代に身につけていたスプリングコートやワンピースなどがつるされていた。ふと、真一は衣装の列の端に不思議な服を見つけた。白衣と少女のようなロリっぽい服。先生・・・コスプレ!? 真一は首を傾げた。
 そして最後に、由起子の写真を撮りおさめた。死体とはいえ、ピンクに染め上げられた由美子の死体はエロティックであった。
 ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、ぼくは、由起子先輩の死体を陵辱している。自分の下半身に熱をのびている自分に心底、驚きと屈辱と自己嫌悪を感じた。


「先生、撮り終えました」
「んー。ご苦労」
 スコッチは恵比寿のマンションで、葉巻をくゆらせている様子だった。
「じゃあ、そこから速やかに立ち去りなさい」
「警察には連絡は」真一はこだわった。
「だめだ。するな。今はむしろ、君の命が危ない。早く、こっちへ戻って来なさい。だけど、中央高速は使ってはだめだ。軽井沢か名古屋に出て、高速を使わずに深夜に戻って来なさい。
 真一とキノコは証拠となるワインの瓶やゴミなどを回収してバックにつめた。室内のあらゆる指紋も拭き去った。そんなことで、真一がここに来たことを隠せるかどうかはなからないが、できるだけの処理はしたと思う。
 最後に真一は由起子に別れの挨拶をして、夜中に部屋を出た。
 立川市にある新しい潜伏場所に着いたのは明け方だった。スコッチが用意してくれた部屋だ。国道から一般は入った一戸建てだ。しばらく真一はここから深夜しかでられないだろう。
 キノコが大きな寝室を、真一が6畳間を使うことにした。6畳まで荷物の整理をしていた真一に、大人しいキノコがいかつい声で、呼びかけた。「真一さんよお」。
 キノコは部屋の入り口から、手招きをした。呼ばれるままにリビングに行くと、だだっ広いフローリングの真ん中に、新聞紙が敷かれ、缶コーヒーとチーズケーキが2人分用意されていた。コンビニで買って来たのだろう。
「お口には、あわねえと思いますが」
「キノコさんっ」
 真一はむさぼるようにチーズケーキをかじった。国内の有名店のチーズケーキを食べ尽くしている真一だったが、このケーキがいままで食べたチーズケーキの中で、なによりもいちばんうまいと、泣きながらむさぼり続けた。