藤野の散文-私の暗黙知-

毎日の中での気付きについて書いています

ダ・ヴィンチ展、今日まで。売店に気をつけろ。

※出口のスーベニアで、なんと2億DPI!の解像度を駆使したモナ・リザと最後の晩餐が販売されていた。
最後の晩餐は30万円という高額だったが結構購入者がいるようで、近くに控えているキュレーターと思しき女性が、「これだけのものはもう作れませんよ」と理性を揺さぶる。
ぐらぐら。


よほど買おうかと思ったが、ハタと自室に「最後の晩餐」が掛っていても今ひとつ調和しないことに気づいて思いとどまったのだった。(汗)

先週末に日比谷公園を散策していたら、いきなり「モナ・リザ25の秘密」と題した特別展に出会う。
その名もダ・ヴィンチミュージアムと題された会場で、入場料1800円は立派だが入ってみた。
変わった(というか新しい)趣向の催しで、当のダヴィンチの作品は何もない。
正確にはダヴィンチが生涯かけて書き留めたという6000頁にのぼる「直筆の手稿」が展示されるのみである。
(手帳はまだその4-5倍もの量があったらしい。)


作曲家の書いた譜面と同様、ダヴィンチが書いたノートの筆跡は非常に粒がそろって美しく、鏡文字などもまざってそれだけでも何かの絵の一部のようだった。
で、「それ以外」の展示物は全て造作。
ただこれまでのダヴィンチの研究を反映して、ダヴィンチが構想したあまたの研究物がリアルに作られ、展示されている。


13-14世紀を生きた天才は、その興味をあらゆる分野にいかんなく発揮した。
現代の発想からしても軽く4-500年は時代を先取りしていた、ということがよく分かる。
発想は少々突飛でも機械、航空機、軍事兵器、土木機械、水力装置、自転車に理想都市と呆れるほど幅広い。
傘の形をした木製の小屋の中に人が入って「要塞ごと」敵陣に乗り込む装甲車、など現代のSF作家も顔負けのアイデアである。



また天才は人体の研究にも余念なく、500年前とは思えぬほど緻密な生体解剖のスケッチを残す。
ウィトルウィウス的人体図」はそんな中で、人の体の中に黄金比を表した、何かダヴィンチが追求した「理想の人体」の設計図のようでもある。

「単純であることは、究極の洗練である」という天才の言葉は、今でもまったく色あせることもない。


日本では江戸時代の末期、ようやく人体の解明が端緒についたばかり、という時代。
その400年も前にこれほどの研究がなされていたことは、驚きと共に、西洋文明の科学志向をあらためて感じずにはいられなかった。

「私は生きていることを学んでいるはずだったのに、いつのまにか死ぬことを学んでいる。」
レオナルド・ダ・ヴィンチ