AGS新記事

概観

幾つか感想を書いている以外にも、AGS様の更新が行われております。
伝統ゲームを現代にプレイする意義(第1回): Analog Game Studies
こちらは、タイトルにある通り、伝統ゲームを現代にプレイする意義についての連載です。
第一回は、軽く伝統ゲームの定義に触れ、いよいよ次回から、具体的な意義に入るようです。
xenothも伝統ゲームも遊びますし、今遊ぶ意義もあると思いますが、理屈立てて考えたことはないので、次回が楽しみです。
地方のアナログゲーム(RPG)事情:「沖縄」編: Analog Game Studies
こちらは、沖縄在住の近藤誠さんが、ご自分のサークルを立ち上げるまでのレポートです。
沖縄のゲーム事情が伝わって来るのが面白く、また沖縄に限らず、自分でサークルを立ち上げる時の参考にもなる記事で、興味深く拝見させていただきました。
D&D“赤箱”Game Day」が沖縄でもやっているのは、おーやるなD&Dという感じですね。
良いゲームが沖縄の、全国の皆さんにありますように。

現実を知るためのシミュレーション

秦郁彦編『太平洋戦争のif[イフ]』(2010):歴史学者の秦郁彦と戸高一成、ウォーゲームにて激突す!: Analog Game Studies
蔵原氏の新しい記事が掲載されました。
こちらは、『太平洋戦争のif[イフ]』の紹介であると同時に、TRPGと多様性とリアルリアリティ - xenothの日記でも書いた、蔵原氏の問題意識である「歴史・社会をよく知るためのツールとしてのゲーム」についての記述になっております。


海軍が実際に使っていた図上演習を、戦後の現在の立場からもう一度遊ぶという企画、しかも、そのプレイヤーにあの鈴木銀一郎*1が加わっているとなると、これは面白そうです。
個人的には、軍で使用された図上演習と、我々が通常楽しみ、歴史を追体験するために遊ぶシミュレーションゲームに、どのような違いがコンセプト的、ルール的、プレイング的にあるのかが興味深い点です。そうした点の紹介があると、なお嬉しいと感じました。


蔵原氏は、これの紹介と共に、歴史シミュレーションや、紛争シミュレーションが、現実の歴史学に重要な位置を占めることを書いています。
現実の歴史の研究においても、教養としての歴史を理解することにおいても、シミュレーション的な視点、シミュレーションゲームのプレイが役立つことはxenothも心から賛成するもので、その活動を応援しております。

シミュレーションの三段階

ウォーゲーミング研究者のピータ・パーラらは社会シミュレーション構築の三条件として「蒸留化;理論」(Distillations (theories))、「抽象化:変数」(Abstruction (variables))、「模擬化:システム」(Simulations (systems))を提唱し、実世界・社会理論・シミュレーションの実施結果、それぞれを対比しながらの絶えざる研究の継続を訴えています(*12)。

こちらの記述が面白かったので、ピーター・パーラらの三条件について調べて見ました。


まず、この三つは、ゲームを複雑さ別に分けたランク、クラスでもあります。
抽象と、模擬はともかく、蒸留ってなんじゃらほいと思われると思います。
我々がウォー・シミュレーション・ゲームと言う時、多くの場合、思い浮かべるのは、商業ゲームとして個人で遊ぶために作られたシミュレーションゲームで、実際の戦争を再現するための精密さとかリアリティとかは、ほどほどであるものとなるでしょう。


一方で、現実の戦争において、軍が実際に戦況を分析し、指揮に反映させるための、戦場の要素を限りなく再現することを目指した、精密極まりないようなゲームも存在します。
これらもシミュレーションゲームです、というか、原義からすれば、こちらこそを、シミュレーションと呼ぶべきですね。


そこで、ここでは、「シミュレーション=模擬」を、現実の状況を解析する目的で作られた出来る限り精密に構築されたものを表すとし、商業シミュレーションゲームなどの、そこまでいかない、ほどほどにシミュレートし、ほどほどに省略したゲームを「ディスティレーション=蒸留」*2と言葉を分けます。
最後の「アブストラクション=抽象」は、強く抽象化された、将棋や囲碁のようなゲームです。

名前 内容
抽象 個別の戦争から離れるほど強く抽象化されたゲーム 将棋、囲碁
蒸留 個別の戦争を軽く抽象化したゲーム 商業シミュレーションゲーム
模擬 現実をシミュレートする目的の精密なゲーム 軍用シミュレーション


こんな感じです。

シミュレーションの三要素

さて、ゲームを複雑性から三段階に分類しましたが、もちろん、どこからどこまでが「蒸留」で、どこからどこまでが「模擬」か等の、はっきりとした線があるわけではありません。
また、段階と言いましたが、それぞれの段階に、得意、不得意があります。
そこで、これらの三段階を得意分野から、三つの要素として考えて見ましょう。

抽象=要素抽出

抽象ゲームにおいて、将棋は、たとえば駒と盤で出来ています。
これを戦争の抽象化として考えた場合、戦争における様々な要素の中から、「兵」および「戦場」だけを取り出したものと考えられます。
他の要素……たとえば地形ごとの効果や、兵站、指揮にかかる時間、偵察の要素等々は、一旦、オミットされるわけです*3
抽象ゲームの特質である抽象化を、そうした「要素の抽出」にあると、ここでは定義しましょう。

蒸留=関係抽出

蒸留ゲームにおいては、それぞれの要素の関係性が追求されます。
たとえば、よくあるウォー・シミュレーションゲームで、ヘックス上でユニットを動かして戦闘する場合を考えます。これを抽象ゲームである将棋と比較します。
将棋の場合は、駒が敵の位置に移動すれば自動的に取れます。
ウォーゲームの場合は、そう簡単にはいかず、駒ごとの戦力を比較し、それによって様々な結果が起きえます。
また、駒と駒の位置関係で、ZOCをはじめとする様々な関係性が導入されます。同時に、駒と地形の間にも、様々な関係が生じます。
蒸留ゲームは、抽出された要素間に、「関係性」を深く追求したと言ってもいいでしょう。


蒸留ゲームの特質である蒸留化を、ここでは「関係性の抽出」と定義しましょう*4

模擬=実装とシステム化

ここでいう模擬ゲーム=シミュレーションゲームは、何度も書いている通り、「現実を再現すること」が目的です。


再現するためには、「抽象化」で得られた「要素」と「蒸留化」で得られた「関係性」を使って、現実を再現し、それを動かします。


たとえば湾岸戦争なら湾岸戦争で、各国の戦力やら経済力やら士気やらを、ユニットその他として抽出し、ユニットの間に働くルール=地形効果や戦闘時の結果といったものから、背後の政治や経済との関連等々を制定し、それに沿って「湾岸戦争ゲーム」を一個のシステムとして作り上げるわけです。


模擬ゲームの特質である模擬を、ここでは「要素」と「関係」を実装して、一個のシステムとすることと定義します。

シミュレーションによって現実へ

シミュレーションゲームは、現実を観察し、「要素」と「関係」を抽出します。簡単に言うなら、どんな駒とどんなルールが必要かを考えるわけです。
そして、駒を盤面に並べ、ルール通りに遊んで見て(模擬)、現実をうまく表せているかどうか調べます。
うまくいかないようだったら、また「要素」や「関係」に戻って考え直すわけです。
このへんは、TRPGシステムの作成にも通じるところがあるのではないかと思います。


ピータ・パーラ氏は、実際に簡単な蒸留ゲーム(SCUD HUNT)を作りました。これは、互いに座標を言い合って位置を当てる、潜水艦ゲームに、妨害や乱数の要素を入れて少し複雑にしたタイプのものです。
パーラ氏は、これを人間同士の対戦でプレイさせたり、また、特定の戦略を持たせたプログラム同士でプレイさせて統計を取ったりすることで、こうした非常に単純化されたゲームから、実際に役立ちうる戦術の要素が発展できることを示しています。

意見など

 長々となりましたが、どうですか平和や歴史を愛する皆様、そろそろ「紛争シミュレーション」こと「ウォーゲーム」を研究してみたいとは思いませんか。ぜひ、本記事や「紛争シミュレーション」に関する皆さまのご意見を、analogstudies1★gmail.comにまでお寄せ下さい!(★→@)

蔵原氏の記事は毎回楽しみにしており、くだくだしい感想や分析を書かせていただいております。
今回の記事については、「抽象、蒸留、模倣とは何だろう?」という疑問が浮かび、それについて自分なりに調べてみました。周辺は調べたのですが、元の論文そのものに当たれなかったのであるいは誤解があるやもしれません。その際は失礼します。


このあたりの用語は、もしかしたら、知識ある方には自明で知っていて当たり前のものなのかもしれませんが、個人的にはよく知らない私のような読者にも配慮いただけると嬉しいです。
あるいは、対象読者がどのあたりかの明記があるとありがたいと思います。
苦言が続きましたが、『太平洋戦争のif[イフ]』大変面白そうな本だと思いました。これからの記事も期待しております*5

*1:日本のシミュレーションゲーム界の立役者。あるいは神様。

*2:ここでは、蔵原氏の訳に従っていますが、Distillationには、濃縮、精製する、と言った意味合いもあります。要するに、現実を抽象化、単純化してるけど、Abstractというほどじゃないよ、というニュアンスですね。「濃縮」とかはどうでしょう。

*3:もちろん視点を変えれば、将棋にも地形効果や兵站があるとも言えますが、話を簡単にするために

*4:言うまでもないと思いますが、将棋にせよ囲碁にせよ関係性は存在し、抽出されています。関係性がなくて駒だけだったらプレイできませんからね。ここでは、あくまで「方向性」としての分析で考えています。他の要素も同じです。

*5:という内容は、やはりメールで送ったほうがよいのかな? あとで送ろうと思います。