収録されているどの作品においても、「この小説は○○の比喩である」とか「○○というメッセージを訴えている」と解釈しようとした瞬間に、「いや、そうでない解釈がありえそうだ」と感じてしまう。まるで、手で掬い上げた砂がすぐに指の間からこぼれ落ちていくように、捉えたかに思えた意味は逃げていく。そうした多義性が、本書の(あるいはカフカの)魅力。
しかし、描写自体は、いたって具体的である。つまり、表面的には具体的な描写を用いながらも、その意味するところが「わかりそうで、わからない」というさじ加減が絶妙なのだ。あまりにわからなすぎてもいけないし、簡単にわかってしまってもいけない。
この「わかりそうで、わからない」という“むずがゆさ”を、ある作品が読者に与え続けている限り、その作品は鑑賞に堪え続けるということを、カフカは熟知していたのではなかろうか。
こうした「わかりそうでわからない限り鑑賞に堪え続ける」というカフカ作品の有り様を、本書に収録された一つ目の短篇「掟の門」それ自体が端的に物語っている。
ところで、村上春樹の人気もおそらく「わかりそうで、わからない」の上手さ にあるように感じる。(あまり読んでいないので、勝手なことはいえないが。むしろ、熱心な読者の方にご教示いただきたい)
なお、2008年01月13日の朝日新聞で、保坂和志がカフカ『城』を評して「カフカの小説は比喩(ひゆ)ではない。ある特殊な体験なのだ。あなたが自分の体験を人から比喩だと言われる不愉快さを想像してほしい。小説を比喩として解釈する時代は、カフカが終わらせたのだ」と書いている。
なるほど、だから「この小説は○○の比喩である」と捉えようとすると、失敗するのか。とはいえ、『変身』などは露骨な比喩小説に思えるが。
長い年月を経てなお各国で鑑賞される作品がもつ、「わかりそうで、わからない」という絶妙な“むずがゆさ”を体感したい方には、オススメです。
- 作者: カフカ,池内紀
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1987/01/16
- メディア: 文庫
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