『人生に生きる価値はない』

『人生に生きる価値はない』(中島義道/新潮社)を読む。

硬軟織り交ぜたエッセイ集で、読みやすさと読み応えが程よく両立されている。
著者の相変わらずの自意識過剰ぶりにも、それをコミカルに描いてみせる芸風にも、磨きが掛かっており、微笑ましく読み進められる。
また、著者がこれまで書いてきたテーマ(「時間」「死」「嫌いな言葉」「嫌いな人」「カント倫理学」等)がまとめて盛り込まれているので、一冊を通して構成に抑揚があり、飽きずに読み通せる。

各論の印象に残った部分に触れておくと、以下のような感じ。

・まず、「いじめの『本当の』原因」の項。
「みんな一緒主義」批判は、まったく同感。「協調性」という言葉がいい意味の言葉だと疑いなく信じている人には、ぜひ読んでいただきたい。

・「死を『克服』する」「客観的世界?」の項。
著者が長年考えてきた「死」に関する考察に少し進展があったようだ。一言で言うと、「客観的世界信仰」を「私の世界」によって相対化してみるという方法。しかし、こういう考え方の可能性は、ちょっと考えれば辿り着けそうなもので、著者ほどの専門家が、なぜ今まで気付かなかったのか不思議ではある。

・「世界は消え続けてきた」の項。
著者が長年考えてきた「時間」に関する考察がに少し進展があったようだ。こちらの「時間」の話も、「客観的世界信仰」を「私の世界」によって相対化するという点で、上記の「死」の話と似ている。ただ、文中で使われる「消滅」「崩壊」「消えてしまった」などの言葉の意味合いをもう少し知りたいので、次回以降の著作に期待。

・「他人の幸福」「誠実であること」の項。
街の騒音に文句をつけるなど、一見、傍迷惑に見える抗議行動を頑として続けてきた著者だが、この項を読むと、著者のそうした行動の理由が、カントの倫理学を敷衍して分かりやすく説明されている。

・「コミュニケーション力?」の項。
ぜひとも多くの人に読んでいただきたい。
「とにかく安全にとにかく無難に」を行動原理とするコミュニケーション的弱者を批判しながら、著者の主張は、強者が、弱者を排斥するべきではなく、むしろ弱者とうまくやっていくよう行動する責務を引き受けるべきだというスタンスをとる。

・「オリンピックとノーベル賞」の項。
巷間耳にする「日本人として誇りに思う」という発言のくだらなさを分かりやすく指摘しており、同感。

全体に、共感する部分が多かったこと、そして“まともに”生きていれば早晩気付きそうな内容も多かったという二つの理由で、新しい発見がやや少なかった。次回以降の著作で「時間」や「死」についてどのような考察を展開してくれるかに期待。


人生に生きる価値はない

人生に生きる価値はない