満州まぼろし旅行 その2

 中国の鉄道員のサービスには定評がある。
 今年の正月北京駅でのこと。ずらり数十並んだ窓口に列車番号と行き先を書いて渡すと、一人目のおばちゃんは紙も見ずに投げ返す、二人目は紙を見て差し戻し、三人目は紙を見てパソコンを叩いて「没有=ないよ」、四人目は紙を見てパソコンを叩いて無事発券となった。スローガンとしてあちこちに書かれている「為人民服務」を投げつけたくなるが、そんなことで怒っていたら中国で体がもたない。
 まあ同情すれば、鉄道はいつも混んでいるのだ。政治的にも経済的にも文化的にも、一応一つということになっている中国では、大量の人間が広大な国土をあっちこっちへ移動する。それにインフラの整備が追いついていないから、結局列車はいつも満席になる。大きいが故の苦しみだろう。

 そんな中、長春から瀋陽への高速鉄道・動車組の女車掌は異色だった。
 色白で小柄で可愛らしい女の子である。高そうな銀の腕時計をしている。僕がリュックを足元に置いておいたら、網棚に乗せろという。といっても中国人は出かけるとなるとお前ら運び屋かと思いたくなるほど大きい荷物を抱えているので、すぐ上の網棚は当然のごとく満員御礼である。彼女は僕のリュックを手に取ると、わざわざ離れたところに残っていた隙間に押し込んだ。
 それから彼女は網棚の荷物の乱れを一つ一つ直し始めた。最高時速200km、ふだんは160km程度で走っているとはいえ、一応は高速鉄道だから、たぶん規則には飛行機の離発着時みたいに安全のため荷物は整頓せよと書かれているのだろうが、それをまともに実行する車掌は初めて見た。ヒモ一本垂らすまいという信じられないほどの几帳面さで、彼女は荷物を直していく。
 この大陸的=大ざっぱでいい加減な中国で、神経質そうな彼女はさぞかし生きにくいのではないか、といらぬ心配をしてしまった。


 東北の大都市で見かける若者たちは、ブランドもののバッグやまともなロゴ入りのTシャツ、時には茶髪もいたりして、けっこう洒落ている。はき続けのGパンにTシャツを2枚ほど持っただけの日本の貧乏旅行者の方がよっぽど見劣りする。
 中国の街かどや公園に行くとおなじみのダンスや将棋、トランプ、胡弓の演奏などでも若者の姿を見ることはほとんどない。親の世代は集団行動が基本だけど、彼らは一人や数人で行動するのが好きなようで、日本の僕らと一緒である。
 思ったより僕らは近い場所にいるのかもしれない。