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ヤマモトの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-06-27

文化の盗用と差別表現

アイヌの文様を軽々しく盗用するのはけしからんという意見twitterで見ました。

たぶんこのまとめにある。

https://togetter.com/li/1241147

和人はアイヌからさんざん収奪してきた過去があるので安易な借用は盗用でありまかりならぬ、という意見理解しました。

いろいろ思ったことがあります

先の意見をそのまま杓子定規に受け入れると、ほぼ生きていたりなにかを発することは不可能になってしまうと思いますまさかそんなことを強いられるいわれはないので、ま、ほどほどに、他者意見批判含む)を参考にしつつ、自己判断で生きるだけかというのが今の気持ちです。

それにしても、自説の説得力を上げるために表現のとがりや内容の緊迫感が上がる傾向のあるのは面倒くさいですね。人と対話するときはもうちょっと柔和な方がいいと思います。でないと、批判議論というものが棄損される。

もちろん、好き好きですが。単なる個人意見です。

僕が好きじゃないもの差別である

二次元美少女絵というのがすきじゃなくて、あまり僕の視界に入れないでほしいと思っていますが、なかなか防ぎきれず、しばしばイライラしてしまます

僕は過度に露出された二次元美少女絵は女性に対する侮辱であり、それを押し付けられることは自分に対する侮辱だと感じているのですが、はたしてこの思考感情は、前述のアイヌ文様問答となにがちがうでしょうか。

意見対立は死か

意見が異なるなんてことは普通にあることですが、その都度殺し合っていたら人類死滅してしまう。だから意見の相違自体普通のことでなにも恐れ入ることもない。はず。

「家事の外注はしない」と言ったら大炎上 なぜ女性同士でもわかりあえないの?

見解の相違があるだけに見えるけどタイトルには「大炎上」「わかりあえないの?」って、自己同調圧力が強すぎだと思います。内容以前に。

2018-06-10

もやもやもやもや

人生や世の中には、筋の通らないことや、不運なことはいくらでもある。それらを不本意ながら受け入れざるを得ない(けど内心は納得できない)とき、そのストレスを上手に消化・昇華できればいいのだが、なかなかできなかったりするだろう。そのストレスは表情や言動や態度に現れたり、自分より弱いものへの乱暴な態度として現れたりすることもあるだろう。そうやって加害者になったり、自分認知をより捻じ曲げたりして、不幸は連鎖拡大していく。

さて、上記をどう読み、なにかここから学べることや行動に結び付けられることがあるとすればそれはなにか。

2018-06-02

人間相手にするということについて考えさせられた話

たまたま(たぶん、はてなブックマークから)、「http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54329:title:」という記事を読んだ。強く印象に残った。勉強会の会場に名古屋市男女共同参画推進の施設を利用しており、その施設ジェンダー関連の図書室がある。勉強会の会場予約に訪れた際にその図書室に立ち寄り、その記事の著者の本を探したらあったので借りて読んでみた。

性暴力の理解と治療教育

性暴力の理解と治療教育

以下はまえがきから引用

ほぼ四半世紀前、筆者が少年鑑別所で非行少年アセスメント(査定)を始めたばかりのころ、男性上司や先輩たちから教えられた性非行に関する理解は、以下のようであった。「男性性的衝動を抑えられない。性非行少年衝動の統制力が弱く、むらむらっときて(被害者に)飛びつく。彼は、これから男になるためにさまざまな性を試みているのだから、その試みを乗り越えられるよう援助してやる必要がある」。

(中略)

それからおよそ十年後、青年収容する刑務所(おおむね二十〜二十六歳)に勤務し、性犯罪者たちのグループワークを担当せざるを得なくなり、どうも教えられてきたことと、「目前に見る性犯罪者たち」がぴったり重ならない。(中略)性犯罪とその治療に関する英語の文献を読むようになった。(中略)おおむね以下のようなことが書いてあった。「性犯罪は、性的欲求衝動にのみよるものではない。それは支配優越、強さの主張といったさまざまな欲求から行われる。性犯罪は、けっして衝動的に行われるものではなく、自己欲求を充足させるため、合目的的に、いわば計画的に行われる。少年性犯罪はけっして一過的な性の試みとして行われるものではなく、性犯罪行動の変化にターゲットを絞った特別治療をしないかぎり、何度も繰り返される非常に習癖性の高い行動であるしかし、性犯罪者査定治療には特別な困難が伴い、したがって特別な訓練が必要とされる」(Pery&Orchard,1992)。

性暴力の理解と治療教育 - 株式会社 誠信書房

これまでに読んできたジェンダー関連のWeb記事から、まあそうなんだろうなと思っていたことが、きっちりと論説されていた。

人間はそういうものだと改めて思った。正しく生きたいと思うこともあるが、どちらかというと、自己正当化のために正しさが欲しいのだろう。

そういうものどうしで社会や集団形成して生きているので、うまく生きたいと思うのなら戦略戦術があったほうがいいだろう。そういうことを漠然と感じていたところで、この本はとても勉強になった。

2018-04-30

わかってほしいと言われると苦しくなる人がいることをわかってほしい

僕はどうも「わかってほしい」が苦手で、何かができない人とか、事故や犯罪によってそれまで通りの暮らしができなくなった人とか、そういう人の存在や抱える苦しさを「わかってほしい」と主張する文言を見ると、苦しくなってしまうのです。なんとかしなくてはいけない、けれど、自分にはできない、申し訳なくて苦しい。自分生活もあるのでできる範囲のことしかできない(したくない)のが申し訳なくて苦しい。と。

自分ができる範囲を超えてなにかするというのは現実的じゃないし、現実的なことをすれば十分だろうし、全責任が僕にあるわけでもないからできるときにできることをすればそれで十分だろう、言ってる人だって僕が即時解決することを求めたりしていない、ということは、懸命に気持ちを抑えて頭で考えればなんとか導けるのです。しかし心は重くなって苦しくなってしまう。マスメディアインターネットを見てると「わかってほしい」は連発されていますので、けっこう高い頻度で僕は苦しくなっています。

僕にとっての「わかってほしい」は世間一般の「がんばれ」みたいなもんだといえば、簡潔に伝わるでしょうか。

さてここまで書いたことは正直な気持ちではあるのですが、世にあふれる「わかってほしい」と同列にこれも言わせてくれ、というつもりで書いたことではありません。「わかってほしい」は心の苦しさの吐露しかなく、伝え先への要求を明示しないところが日本人的だな、と思います。こんなような形で暗喩的になにかを要求する、という手法を取ろうとは僕は思いません。要求ははっきりと明示した方がいい。作為的なのは好きじゃないです。

啓蒙はした方がいいと思うけれど、わかってほしいはあんまり好きじゃない。わからないとき、わからないことあるので、言いたいことあればいってほしい。言うと怒る人がいるとか、うまく言えない場合がある、というのは分かりますし、言わない自由もあります。

という、まあ自分の考えや気持ちの整理でした。また、わかってもらわなくてもいいですが、言いたいことを言わせてもらいました。僕からは以上です。

2018-04-26

コミュニケーションスタイルアサーティブでないのは心に恐れがあるから

アサーティブネスの本はいろいろありますが、アン・ディクソンの「それでも話し始めよう アサーティブネスに学ぶ対等なコミュニケーション」と「大事なことを思いどおりに伝える会話術」をおすすめしたいです。

これらの本のどこがいいかというと、アサーティブを単なる会話技法とはせず、率直なコミュニケーションを阻害する心の中にある恐れに言及し、その存在を少しずつてなずけていくことで、自尊心と豊かなコミュニケーションが得られる、そういう自己実現だとしているところです。

本当に強い人は人を恫喝したり作為的なことを言ったりしない。弱い人が吠え、出し抜こうとし、あるいは対話を避ける。責めているわけではありません。誰しもそうなのです。ただ、それに気づかず、あるいは気づかないふりをし続けていると、他人との対話を損なうというかたちで不利益を積み重ねてしまう。恐れを持ち続けてしまっているために、自分自身毀損し続けている。その不合理さに、別れを告げましょう。自分を知り、認め、少しずつ素直でしなやかな自己認識コミュニケーションスタイルを身につけましょう、ということです。

アサーティブ物言いを身につけて、アサーティブでない人に勝ちたい、アサーティブでない人たちをコントロールしたい、と思っているなら、それはアサーティブではないです。自由になりましょう。

2018-04-23

在庫心理的安全関係。あるいは、バッチサイズが大きいとメンタルを蝕む

ウォーターフォールプロジェクト管理の進め方は、バッチサイズ(まとめて処理する量)を最大化して、大量生産的な工程内に閉じた最適化によってアドバンスを生み出そうというものです。トレードオフとして、リードタイム(着手から完了までの期間)が長くなり、エンドツーエンドの評価が最終段階までできないため、問題の発覚が遅れる、気づいたときにはもう時間的余裕がない、というリスクがあります。このリスク工程毎のチェックゲートで「やるべきことをやっているか」を検証することで低減するのが基本ですが、この考え方には誤謬があります。人間系には不確実性がつきものですし、一品ものプロジェクトには平均的な想定とのズレが必ずあります。プロジェクト経験いくらあっても、それらが収束するほど大きな母数ではないので、「やるべきことをやっているか検証する」とは、さして効果が期待できないが形式的なことを精神論で行う、ということにしかなりません。それでリスクが十分に減少するわけではありません。

そのような乱暴な賭けプロジェクトコミットすることは、普通感受性の持ち主であればとても辛いことです。メンタルの不調に陥る人が少なくないのも当然の帰結だと思います。

みなさんの組織、チームのマネジメント力、コミュニケーション力、相互サポート力は、その乱暴さに打ち勝てるほど強いですか?

僕の考えとしては、ウォーターフォールブラックなのでやめたほうがいい。ということです。

2018-04-21

Libreofficeで両面ハガキ作成する

片面印刷を2回します。両面印刷は失敗しそうでこわいので。

書面を作成する

両面印刷する

  • 用紙トレーに往復はがきをセットする向きは、
    • 案内と返信先の面(返信)を印刷するときは、往信の面を上に、上の面の切手部分が奥になるようにセット
    • 出欠欄と相手住所氏名の面(往信)を印刷するときは、返信の面を上に、上の面の切手部分が奥になるようにセット

所感

ほんでもって用紙トレーに入れる向きが分かっておらず何枚も無駄にしました。もう、はがき印刷をするということ自体人類には早すぎるんじゃないでしょうか。。。

*1オプションプリンター設定の用紙サイズのみ使用をチェックしないと、プリンタプロパティの用紙タブで用紙サイズアクティブにならない

2018-04-15

最近考えていることのメモ

最近よく考えていることの項目だけ、備忘に書いておきます。時間が取れたら、それぞれについてちゃん文章にしたい。

2018-03-26

トップダウンアジャイル導入とボトムアップアジャイル導入

参加しました:【Scrum Inc.+DENSO+KDDI/ESM】Scrum勉強会 in 名古屋

https://esminc.doorkeeper.jp/events/71846

Scrum Inc.副社長によるスクラム概説、KDDIデンソーの大規模アジャイル導入の事例を聞くことができて、とても勉強になりました。ありがとうございました。KDDIデンソーの、デジタルシフトへの危機意識が印象に残りました。

Scrum Incのコンサルタント/トレーナー、各社のアジャイル導入主要メンバーは、スクラムフルセットで導入して、生みの苦しみを乗り越えれば必ずうまくいく、と言っていました。へんに部分的に取り入れたり、ちょっと混乱が生じたからといってスクラムの型を外れてはいけないと。

ちょっと思ったことは、これは普遍的に正しい手法とまではいえず、トップダウン場合ベストプラクティスなのではないか、ということです。KDDIデンソートップ危機意識を持っており、トップダウン改革が行われたわけで、一次的な混乱は吸収することができるはずです。であれば、正攻法で導入するのが「正解」でしょう。もし、これがトップダウンではなく、ボトムアップ草の根的に導入するのであれば、現場の混乱はまずいです。現場メンバーの反感を買ったり、混乱が上層部に見えてしまうと、なに勝手なことやっているんだと活動をやめさせられてしまう。この場合は徐々にアジャイルにしていく、というアプローチの方がよいでしょう。

アジャイルを取り入れるならフルセットで、というのは、トップダウンで入れるようなユーザ企業の体験談であり、そんなユーザを主要顧客にしているコンサルタントの言い分だと思います。草の根で取り組みたい方は、そういう指向地域勉強会なんかをあたるといいかもしれませんね。どの道で行くのもありで、自覚的であればいいのではないかと感じた次第です。

2018-02-25

裁量労働はよっぽど勝ち目がある人だけがすべきで、政策として推進するのには僕は反対

僕が働いている会社では「期待を上回る成果を上げた」場合に高い評価がされる。「期待と同程度の成果を上げた」では高い評価はされない。そういう制度になっている。

これから裁量労働選択する(適用される)みなさんの会社ではどうだろうか。

裁量労働場合、定時までやって上げられるであろう成果は期待と同程度の成果であって、その程度の成果で早く帰ると高い評価はされない。高い評価を得たかったら、定時までやって上げられるであろう成果よりも高い成果を上げなければならない。

加えていうと、裁量労働管理職に準ずるリーダーに対して適用されるので、もともと高い成果が期待されている人たちなのだ。そこに裁量労働を課すのはほぼまちがいなく労働強化になる。

高い成果を上げるのが当然で、長時間労働時間に対する保証がなくとも、与えられたミッションのためには献身的に働く。その態度が求められる。僕の働いている会社は、裁量労働でそれなりの評価を得続けることが、管理職への昇給の暗黙の条件になってもいる。

このようなグレーな制度運営は僕の会社だけならいいが(よくないが)、他の会社だって似たりよったりだと思う。なので、裁量労働の推進拡大には僕は反対です。

(本記事フィクションです)