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ヤマモトの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-07-11

絵が上手くなりたいのなら

ピアノとかでも同じだと思いますけど、大人になってから始めるなら、意図的練習するのがいいと思います。ただやみくもにやるのではなく、目的を持って取り組む。いきなりビッグジャンプはできない(しようとするといろいろ悪いことが起こる)ので、理想的ものを求めるのではなく、ひとつかふたつのことだけできたらいい、くらいで取り組む。例えば構図は考えず(模写すればOK)、タッチだけ意識する、とか。あと、しっかりふりかえりをして、フィードバック自分にかけること。音楽だと録音して聞くことになりますが、そうすると演奏時間+聞く時間結構時間がかかり大変ですね。なんかい方法があるでしょうか。絵なら、デジタル画像にして拡縮するとか反転するとかフィルターをかけるとかすると、いろいろな見方ができてふりかえりやすい。

SNS投稿していいねコメントフィードバックとするのは、僕はあまりおすすめしません。確実性がないし、絵そのもの関係ないところで評価されたりするので。

絵がうまくなるために必要なたった一つのこと

2017/07/14追記

実際グーグル先生で「絵 上達法」を検索する人達はそういう結論に達する。

達しないって。決めつけはやめよう。全体的にいいこと言っているけど、論理一方的かつあいまいで、もったいない

学習意図

上に、意図を持った練習有効では、と書きました。それに関してとても参考になる記事があったのでリンクしておきます。

努力しても報われない理由は才能ではなく「意図」がないから - ジブンライフ

意図を持って練習することで効果を高めることができる、という部分は同意です。そうじゃないと思う部分もあります。

といったところでしょうか。なんか、有効だと言ったりそうでもないと言ったりどっちなんだ自分、って感じですね。改めて考えて整理して文章にしたいと思います。

2017-07-09

最近タイトルを付ける力が低下している気がするのです

フィルター

まあ、黙ってそう思っていればいいだけのことなんですけど、わざわざ投稿してしまうあたりがまだ僕もまだまだです。

集団日本人

『日本人は集団主義的』という通説は誤り | 東京大学

調査研究ご苦労様でした。そうでしたかバイアスでしたか。そう言われればそうかもね。

と言いつつ、それでもなお、日本人にとって集団重要意味があると思います日本人がそう思いたがっている、そこが重点だと。アイデンティティをどのように、どこに置くのか。その不全をどのように扱っているのか。そこなんですよ。

http://www.nikkei.com/article/DGXKZO85209440S5A400C1X12000/

これは具体的な指摘。これも含めて日本人集団志向だと思っています

Microsoft牛尾さんや社外取締役さんが、日本人アジャイルに最も向かない、アメリカ的な考え方をインストールする(必要がある)と言っていますが、現場文化をいじることはそんな簡単なことではないと思います。引き続きこのブログで考えていきます

2017-07-07

会えても一年に一度、天気次第で何年も会えない恋人達の間に会話は成り立つのか

最近よく思うことは、会社の人と話していて、ホントに話が通じないということです。

平均すれば通じていることの方が多くて全然通じないというわけではないんですけどね。緊急事態でここ一発で意思疎通したいときとか、明日会議のために今の状況を把握する必要があるとか、半年間の目標を共有するとか、大事なところでちょくちょく、つまり期待値的重み付けするとかなり通じていない。

価値観や語彙やKPI思考様式表現形式を共有してその状態グルーミングしないと、バベルの塔みたいになりますよ。でも実戦しかしないですよね。コミュニケーションのためのコミュニケーションなんて無駄とか言ってさ。照れくさいとかやり方わかんないとかさ。分かって当然とかさ。いやしくも我が社の社員がそんなことができなくてビジネス的損失を生じているなんてありえない、っていうか誰にも言えないとかさ。

もう考え方からなにからてんでばらばらななか、たまたま通じる部分をたぐり寄せながらやっていくしかない。組織パターンとかFearless Changeとか参考にしながら、空気変えていくしかない。銀の弾丸なんてない。結果が出せないことに悲観したら負け。ということは、結果なんて気にしたらやってられない。自分を信じて生きていくだけ。自己評価自己承認だけが頼り。

2017-06-30

名古屋アジャイル勉強会自分を知ることからはじめる、よりよいコミュニケーション

https://nagoyaagile.connpass.com/event/59726/

仕事集団行動だから共通理解立脚しており、それはコミュニケーションによって育まれ維持される、ということから出発して、自分コミュニケーションタイプを知り、その上で自分とは違うコミュニケーションタイプを演じて模擬ディスカッションしてみて、会議客観的に見て取り組む、というワークをしました。実験的なワークに参加してくださったみなさんありがとうございます。いろいろ気づきを得られたと思うので、ぜひ自分なりの取り組みに活かして欲しいです。そしてまた名古屋アジャイル勉強会に参加して、現状やお悩みやアイデアを共有してもらえたらと思います。

2017-06-20

素直になれなくてChicago, 1982)

職場を舐めてる」など認識の甘さを批判する声が殺到した

職場で就業時間中にノンアルコールビール 投稿内容に批判殺到 - ライブドアニュース

自分が強いられている(受け入れざるを得ないと諦めている)価値観と違う人を見つけると批判するとか…。監獄の中のヒエラルキーみたいなもんか。社会的弱者が行ういじめみたいなもんか。痛々しい。こういう考え方を解きほぐしてあげないと、外来マネジメント手法とか思考法とか、受け入れるところに至らないので、この文化圏で生きていくのは少々骨が折れる。ね。

2017-06-17

(いいタイトルが思いつかない。後で書き換えるつもりです)

<このエントリは知り合いから聞いた話を再構成したものであり、実在するいかなる人物団体とも関係ありませんよ。>

もうすぐボーナス(嬉しいですね!)なので、その前に前の半期の成果評価が通知されました。僕の勤め先では目標成果制度を採用しているのです。

自身による自己評価は盛り気味なので、そうはならなかったよ、という論調の通知面談になるってことです。上司はまあ誠実に説明してくれたと思っています。ただ結果は結果で、でもそれをどうこう言ってもしかたがないので、どこが高い評価に足りなかったか、どういう人のどういう成果が高い評価をされたのか共有してくれませんか、こっちだって高い成果を出したいですから目標は共有してますけど評価軸や実際の評価事例を共有してもらえればより確実性が増します。と言ってみました。上司にはそんなの用意がないので観念的な説明だけ聞きました。今後折を見て、具体的な説明を聞き出していきたいと思い、そう伝え、その場は済ませました。

その面談の会話の中で、経営層とか上級幹部の人たちはあうんの呼吸で語り合っているところがあり、価値観はさておき個別案件の扱いを言葉説明するのは難しい、といったようなことを上司は言っていました。

管理職世界プレイヤーが限られているので一般論が通じ難いでしょうし、上手く立ちまわることが重要な、安全保証されていない世界、という印象です。一般論として正しいと言われているマネジメント手法は猫の首に鈴を付けるようなものなのかもしれません。

人間社会的動物であるといいますが、それにしちゃあうまくない。苦労苦心だらけですね。どうにかできないもんかと思いますが、変に変えて欲しくもなかったり、難しいです。

特に結論的なものとか収穫もないですが、僕からは以上です。

2017-06-15

明日から職場プラス効果が!

礼儀正しさは職場にプラスの効果 - WSJ

すばらしい記事、すばらしい研究!と思うのだが、これは、僕がかなり「礼儀正しくない言葉遣いや態度を職場で行うことが嫌い」だからだろう。自分直感的に感じていることに、科学的な裏付けがあるとする研究論文記事快哉を叫んでしま自分に、やや気恥ずかしささえある。

職場礼儀正しくない振る舞いや言動をする人にも、彼ら一人ひとりなりの「合理的な」理由があるのだ。他人価値観ではいくら非合理に見えても。そういうものだ。科学的な裏付けなど、この次元ではさして意味を持たない。

人と人が関係の円を重ねるということは、本当にやっかいだ。もちろん全く同じ構造から、わくわくすることだって生まれるのだが。

2017-06-07

あーもやもや

自分自分を認めることに尽きる、と。これは力んでいるのでしょう。不自然に見えて指摘したくなるのかもしれません。しかしまだ駆け出しなのです。フォームが不自然なのは当たり前といえば当たり前。それを指摘して良いフォームを早い段階から身につけさせるか、それとも本人のやる気を優先して技術的なことは後回しにするか、それは人それぞれですかね。ともかく僕は、今自分というものを再構築している最中なので、ほめて伸ばして欲しい。いくら正論でもダメ出しはやめて欲しいです。いや、本当にそう思っているわけでもないんですけど、迷った挙句に迷わないようにしようと仮ぎめして走りだしたところなんで、よく考えろとかそれでいいと思っているのかとか言われても困るんです。なのであえて聞きません。あーあー聞こえない。

2017-06-06

注意!うだうだした話を読みたくない人は、ここでお帰りください

なにか発表するとかなりの確率で言われるんですよね。具体性がなくて手っ取り早くどこかからもらってきたように聞こえると。僕なりに現実を出発点にして、一般化や抽象化をして要点を言っているつもりなんですが、そういうことを聞きたいんじゃないんですかね。抽象的になってなんとなく分かるような分からないような感じに聴く人をさせることが多くて、もったいないとは思ってますし、改善したいと思っていないわけじゃないですが、それでもずっとこう言われ続けているってのは、これはもう例えばKent Beck著作のようなもので、そういう個性と捉えるしかないと思っています。そうじゃないとやってらんない。

脱線ますけど、僕の会社の偉い人はよく僕にそういうので、多分偉い人はただ指摘をするロールだっていう枠組みがあるんでしょうね。想像するに、それは多分、その後、直属の上司フォローする、という約束事があってのことだと思うんです。かつて昔はそうだったんでしょうね。でも、今実際にはフォローなんてない。取り繕い方だけ間に合わせで仕込まれたらいいほうで、放ったらかしの場合もあります原理原則抽象)を理解せずに細則を真似るだけだから、こんなことになっちゃっているんじゃないですかね。脱線ですけど。

まあ、最終的には自分自分を認めてあげないと、やってきようがない。どんなに不遜だろうが失礼だろうが、そうするしかないと最近はそう思い実践していますが、だからというべきか、独善的と指摘されるとどうにも心がブレます。正直言うと、プライベートでもそれ関係でいろいろあったりしてつらいところです。どうしたらいいんですかね。

2017-06-04

Ubuntu場所を開くアプリの設定は「お気に入りアプリ

場所をどのアプリで開きますか?と聞かれて普段使わないアプリを選んだ時に、今後このアプリ使用するオプション指定してしまって、以後ファイルマネージャで開けなくなってしまった時の対処方法環境Ubuntu MATE 16.04です。

メニューの[システム]-[設定]-[ユーザー向け]-[お気に入りアプリ]を起動し、システムタブのファイルマネージャを変更する。