児童書読書日記

2016-07-21

[]『ぼくたちのリアル』(戸森しるこ) 『ぼくたちのリアル』(戸森しるこ)を含むブックマーク

ぼくたちのリアル

ぼくたちのリアル

第56回講談社児童文学新人賞受賞作。

5年生に上がったアスカには、クラス替えに関してひとつ大きな気がかりがありました。それは、学年1の人気者のリアルと同じクラスになってしまったことです。アスカとリアルは家が隣同士で幼いころから深いつながりがありましたが、地味なアスカはリアルに好意を持ちつつも劣等感も抱いていました。いままでたまたまクラスが離れていたことで心の平安を保てていたアスカは、今回のクラス替えに動揺します。そこに現れた転校生のサジが、どうもリアルに片思いをしてしまったようで、アスカの悩みは深まります。

ということで、幼なじみを取るか転校生を取るかというベタなラブコメを幼なじみの視点から描いたような物語になっています。リアルはラブコメの主人公らしく自分に向けられた好意に鈍感で、サジに対して気軽に「よく見るとすげぇきれいな顔してるねぇ?」と言ってみたり、持ち前のリーダー体質から体の小さいサジの保護者役を買って出てみかんの皮をむいてあげるくらい「カホゴ」にふるまったりと、罪深い言動を繰り返します。

サジはサジでけっこう腹黒い性格で、弱気なアスカの前では強い態度に出て自分の思い通りに動かしたりします。リアルに振られて不登校になった女子を学校に戻すためにサジが暗躍するエピソードは、ちょっと怖いです。このサジの性格により、ややドロドロ度が高いラブコメに仕上がっています。

リアルはコミュニケーション能力の化け物で、リアルの目の届く範囲では学級の平和はおおむね守られます。しかし、人気者であるがゆえに恋愛絡みのトラブルを招く面もあります。また、いかにリアルといえどもすべてに目が届くわけではないので、完全に学級を平和にすることはできません。リアルというカリスマ性を持つ子どもを物語の中心に据えることで、コミュニケーションの戦場としての学級の一側面を描き出すことに成功しているように思います。

2016-07-14

[]『温泉アイドルは小学生! 3 いきなり! コンサート!?』(令丈ヒロ子『温泉アイドルは小学生! 3 いきなり! コンサート!?』(令丈ヒロ子)を含むブックマーク

「温泉アイドル」シリーズ第3弾。秋好旅館で企画されていたアンドルのコンサートがキャンセルされてしまったために、ことまりコンビ*1とうたうまクイーンの愛瑠ちゃんが代役でステージに立つことになりました。ところが愛瑠ちゃんは、練習中に眉間にしわを寄せて演歌のようにアイドルソングを熱唱しはじめて、ことまりを困惑させます。うたうまクイーンコンテストでは完璧超人に見えた愛瑠ちゃんでしたが、笑顔で歌うことができないというアイドルソングを歌うには致命的な欠点を抱えていたのです。3人はコンサートに向けて笑顔の特訓を開始します。

おそらく実用的なはずなんだけど傍から見るとおかしい特訓法は、シリーズの名物になりつつあります。この巻でも、笑顔を作るために割り箸をくわえて変顔する特訓が笑えます。

とはいっても、技術だけでは完璧な笑顔は作れません。ことまりは愛瑠ちゃんの心の問題にも踏み込んでいくことになります。しかし、「温泉アイドル」世界は、なんと毒親で満ちていることか。親とのバトルも「温泉アイドル」シリーズの名物になっていきそうです。

さらに、アイドルには男は不要とばかりに和良居ノ神がことまりとイケメンとの接触を妨害する展開も起こり、作品世界の闇が深まってきました。

*1:読者投票で今巻から正式にコンビ名になった。

2016-07-07

[]『きかせたがりやの魔女』(岡田淳『きかせたがりやの魔女』(岡田淳)を含むブックマーク

きかせたがりやの魔女

きかせたがりやの魔女

〈学校の時間〉はとまっている。話を聞いてくれるだけでいい。あんたの権利はまもられている。ふゆかいなことはおこらない。いやならいつでももとにもどれる。ひとこと、いやだといえばいい。

小学5年生の「ぼく」は、人語を解するクロツグミを従えた定年退職した魔女と学校で出会い、彼女から魔女と魔法使いと学校にまつわる不思議な話を聞かされます。魔女や魔法使いはそれぞれの手柄話や失敗談にちなんだあだなを付けられていて、それが各エピソードのタイトルにもなっています。「ヒゲの魔女」「タワシの魔女」といったタイトルをみるだけで、どんな魔女や魔法使いが登場するのか期待感を煽られます。物語の流れとうまくリンクするように配置されているはたこうしろうのイラストも楽しく、レベルの高い娯楽読み物になってます。

岡田淳は語りと騙りの技法に精通している作家で、巧みに読者を幻惑してくれます。その代表例が、信頼できない語り手が登場する『竜退治の騎士になる方法』です。わたしはこの物語の真実をいまだに見抜けないでいるのですが、困ったことに『きかせたがりやの魔女』の語り手は『竜退治』以上のくせ者で、悩みが増えてしまいました。

語り手の「ぼく」は、魔女と出会った小5のときから20年以上たってからこの物語を書いたと述べています。そして前書きで、聞いた話をそのまま書いたわけではないとわざわざ断っているのです。

第4話の枠外の物語で、「そりゃまあ、たしかに、リミコは、シンタがつまずくように足をだしたよ……。」と魔女が語り出すと、「ぼく」は話を遮ってその語りがあまりに口語的に過ぎると指摘します。まもなく始まる枠内の物語では、「ぼく」がしれっと魔女の語りを添削していて、「それはたしかに、リミコはシンタがつまずくように足をだした。」と修正されます。このようにあからさまに物語が書きかえられていることを示唆していることには、どのような意図があるのでしょうか。

物語の最後に横文字の言葉が出てきて、魔女がしたかったことの正体が明かされます。それを参照すると、はじめに引用した魔女が物語を始めるときの決め台詞も、謎めいたものではなく現実的な意味を持ったものであったのだということが理解できます。しかしそれを素直に受け取っていいのどうか、判然としません。

確実にいえそうなことは、どうしようもなく嘘つきな「ぼく」と「きかせたがりや」の魔女は、互いが互いにとってミューズであったということです。

2016-06-30

[]『すべては平和のために』(濱野京子) 『すべては平和のために』(濱野京子)を含むブックマーク

「あなた方は、平和を望んでいますか?」

「いったいなんだい? その平和って。」

(p125)

グローバル企業が世界各地の紛争の調停を行い、世界平和を目指しているという近未来を舞台にしたディストピアSFです。そのグローバル企業の系列会社である〈平安コーポレーション〉の社長令嬢平井和菜が主人公を務めます。彼女は南洋の島国アイロナ共和国からの独立を目指すマナト特別市の要請を受け、紛争の調停に乗り出します。正体不明のテロリスト〈モロフ氏〉が暗躍するアイロナで彼女が目撃したのは、日本にいては想像もつかないような光景でした。

この世界における平和の白々しさを即座に読者に印象づける導入がうまいです。白々しいタイトルを掲げ、〈平安コーポレーション〉の白々しい企業理念を冒頭に配置することで、この作品世界の〈平和〉がいわゆる〈平和〉ではないのだということがすぐに理解できるようになっています。主人公の名前も意味深長で、〈平井和菜〉の名前を並びかえると〈平和ない〉、その兄〈平井和也〉を並べかえると〈平和いや〉となります。ここで父社長の願望を暗示しているあたり、芸が細かいです。また、令嬢がご学友と語り合う序盤の場面で、この近未来は格差社会を取り越してもはや身分制になっているということをさりげなくほのめかしているのもいやな感じです。

この作品は、上野瞭の「ちょんまげもの」をひっくり返したような構造になっています。上野瞭が現代を過去のディストピアに仮託して語ったのに対し、『すべては平和のために』は現代を近未来のディストピアとして語っています。この手法が高い娯楽性を持つということは、上野瞭が証明しているとおり。徐々に明かされる世界のディストピア感におののきながら、読者は先へ先へとページをめくることになるでしょう。

2016-06-23

[]『くらやみ城の冒険』(マージェリー・シャープ『くらやみ城の冒険』(マージェリー・シャープ)を含むブックマーク

英国動物ファンタジーの傑作が、渡辺茂男の名訳そのままで岩波少年文庫入りしました。

ご存じのように、ねずみは、囚人のよき友です。おなかがすいていなくても、囚人といっしょに、かわいたパンくずをかじったり、さびしい時間をすごしている囚人を、ほがらかにしてやるために、自尊心の高いねずみなら考えもしないような、ばかげた悪ふざけのお相手をつとめたりするのです。

(p11)

〈囚人友の会〉なるねずみたちの秘密組織の会議の場面から、物語はスタートします。ねずみが囚人を助けるためのボランティア活動をしているという、まことしやかで魅力的な嘘の世界に瞬く間に読者を引きこんでいく導入部の、なんと巧みなことか。

この会議の議題は、〈くらやみ城〉というおそろしい牢獄に閉じ込められたノルウェーの詩人の救出作戦でした。この作戦を成功させるためには、まずノルウェーに赴きノルウェーのねずみをスカウトして、囚人と意思疎通する手段を得なければなりません。そこで白羽の矢が立ったのが、大使のぼうやに飼われている高貴なねずみミス・ビアンカでした。ちょうど大使が飛行機でノルウェーに発つところだったので、ミス・ビアンカも旅行かばんに入って同行することになりました。

この作品の魅力は、なんといっても個性的なキャラクターにあります。ミス・ビアンカは気位が高くてナチュラルに口が悪いという欠点を持っていますが、そのかわり勇敢さと機知もふんだんに持っています。仲間のねずみが凶悪なねこにとらわれている緊迫した場面が一番の見せ場で、彼女は舌先三寸でねこをだまして危機を脱してしまいます。

その脇を支える実直な家ねずみバーナードと、〈あらくれ第一級〉の船乗りねずみニルスも、物語を盛り上げます。

冒険小説としてのおもしろさも一級品です。ぼうやのミニチュアのモーターボートでの船旅の爽快さ。近づけば近づくほど髑髏の数が増えていく、〈くらやみ城〉への道の不気味さ。なかなか事態の打開の糸口を見つけられない、〈くらやみ城〉潜入後の焦燥感。場面場面で読者の感情を的確に煽り、冒険の世界の楽しさを満喫させてくれます。

ということで、この傑作が岩波少年文庫に収録されて新しい読者を獲得することは大変喜ばしいです。ただ旧読者として一言だけ、ハードカバー版のデザインはものすごくかっこよかったのだということを申し添えておきます。

2646134