児童書読書日記

2016-12-10

[]『ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし』(スーザン・プライス/ジョーン・エイキン/他) 『ミステリアス・クリスマス 7つの怖い夜ばなし』(スーザン・プライス/ジョーン・エイキン/他)を含むブックマーク

イギリスの児童文学・YA作家による、クリスマスをテーマにした怪奇小説アンソロジー。今は亡きパロル舎から出ていたものの改訳新版が、ロクリン社から刊行されました。原書では全3巻28編だったものから7編を厳選した本なので、たいへんレベルの高い作品集になっています。子どもだけでなく、海外怪奇短編・幻想短編が好きな大人にもおすすめできます。

クリスマスとは、誰もが幸せであることを強制される日です。そんな日ですから、闇色に塗りたくってしまいたくもなりますし、それでもかすかな希望も夢みたくもなります。しかし、えてしてそんな希望は裏切られるもので、そういうタイプの作品ばかり並んでいます。特におもしろかった作品をいくつか紹介します。

「クリスマスを我が家で」デイヴィッド・ベルビン

クリスマス・イヴに家に帰るためヒッチハイクをした少年の物語。乗せてくれた男は出所したばかりの凶悪犯罪者でした。しかし、少年の方にも事情があり、奇妙な連帯が生まれていきます。何より怖いのは人間であるという話ですが、意外なラストはけっこう泣かせます。

「果たされた約束」スーザン・プライス

うざい弟をおどすため、冗談でウォータン(オーディン)を呼び出したら、本当に来てしまったという話。クリスマス・ツリーの飾られた部屋が一瞬にして無数の木の立ち並ぶ風景に変容してしまうシーンの幻想性は圧巻。スーザン・プライスらしい残酷描写が冴えわたり、約束された皮肉な結末まで一気に導かれます。

「狩人の館」ギャリー・キルワース

優れた狩人の亡霊が集まるという「狩人の館」に、残忍な男が場違いにも迷い込んでしまうという話。非常に切れ味のよいオチの利いた、優れたショートショートです。

ベッキーの人形」ジョーン・エイキン

これも、人間が一番怖いという話。問題のある子どもたちの学校で校長を務める男が、自分の過去のあやまちを語るという形式になっています。子どもの利己心・残忍性が取り返しのつかない事態を招いてしまう悲惨な展開には、言葉を失うばかりです。

2016-12-08

[]『まんぷく寺でまってます』(高田由紀子) 『まんぷく寺でまってます』(高田由紀子)を含むブックマーク

寺の息子の裕輔は、坊主頭をからかわれるのがいやだったり、家が山奥で一緒に帰る友だちもなく通学が大変なのがいやだったり、自分の境遇に不満たらたらでした。そんな裕輔にさらなる不幸がやってきます。4年生の2学期の席替えで、全然しゃべらない雪女みたいな美雪の隣になってしまい、暗い気分になってしまいます。しかし、まんがを描くことが好きだという共通の趣味が見つかって、美雪との仲がだんだん深まっていきます。

美雪はもともと口数の少ない子でしたが、父親と死別してからさらに話さなくなっていました。この作品で描かれているのは、人に沈黙を強いるものとの戦いです。強制される沈黙は日常のなかにも潜んでいますが、そういうものから人を解放するが文学のひとつの役割です。

といっても、作品はそんなにシリアスにはみえません。ふたりの距離が縮まっていくさまが、ユーモラスにゆったりと語られていきます。

山奥の寺、木につるされたブランコ、そこから見える風景。住んでいる人には日常でも、外部の人からはちょっとした非日常に感じられる絶妙な空間が子どもの気持ちを解きほぐしていく場面には、心を揺さぶられます。

清く正しい児童文学のお手本のような作品。とても手慣れた感じがして、これがデビュー作とはちょっと信じがたいです。

2016-12-05

[]『牛乳カンパイ係、田中くん めざせ! 給食マスター』(並木たかあき) 『牛乳カンパイ係、田中くん  めざせ! 給食マスター』(並木たかあき)を含むブックマーク

小5のゴールデンウィーク明けに新しい学校に転校してきた鈴木ミノルには、悩みごとがありました。それは、好き嫌いが多くて給食の時間が憂鬱なこと。ところが、新しい学校には給食に関するトラブルを解決する〈牛乳カンパイ係〉という珍妙な係があって、係の田中くんが

「オレの血は、牛乳でできている!」

という決め台詞からコールを始めると、給食の時間は異様な雰囲気になります。ミノルはクラスの乱暴者から嫌いな牛乳を押し付けられて早速ピンチに陥りますが、田中くんの機転に助けられます。

学校給食が世界平和にまで関わってくるという設定の過剰さが楽しいです。田中くんは奇想天外な必殺技をいくつも持っていて、給食の麺で拘束技を繰り出したり、台所にある意外なもので火事を消火したりします。

イラストの画風や設定からおバカ要素ばかりが目につきますが、この作品はほかにも魅力を持っています。そのひとつは、知識の読み物であるということ。田中くんら給食の達人たちは、知恵と工夫でミノルの好き嫌いを解決しようとします。牛乳にサイダーを入れてくさみを消したり、ピーマンを天ぷらにして、苦みを油で溶かしたり。料理とは化学で、だからこそおもしろいのだということを、わかりやすく教えてくれます。

さらに、意外ときまじめな児童文学であるという側面も持っています。集団で食事すると、さまざまな人間関係上のトラブルがおそいかかってきます。最後には、突然給食が中止(元凶は田中くんたち)になってしまい、全校生徒が弁当を持ってくることになるという、面倒なことになりそうなイベントが起きます。弁当には家庭環境が反映されるので、ふだんの学校生活ではあらわにならない家庭の事情が露呈したりしますから、大変です。道化を演じながら卓越したコミュニケーションスキルでそんな問題を解決していく田中くんがかっこいいです。

2016-12-03

[]『金魚たちの放課後』(河合二湖) 『金魚たちの放課後』(河合二湖)を含むブックマーク

金魚たちの放課後 (創作児童読物)

金魚たちの放課後 (創作児童読物)

おれも、いいやつになりたかったな。

そしたら、おれのまわりの生き物たちも死なずにすんだのかもしれないな。

(p72)

前編の「水色の指」は、自分は生き物を飼うと絶対死なせてしまう〈死神の指〉を持っていると思いこんでいる小5の少年灰原慎の物語です。学校で金魚を飼うことになりますが、懸命に世話をしているのに予想どおり慎の金魚はどんどん死んでいきます。自分の死にかけた金魚を友だちの元気な金魚とこっそり取り替えているところを転校生の遠藤蓮実に目撃され、ふたりはある取引をすることになります。

慎の思い込みは、さまざまな価値観に揺さぶられます。蓮実は、転校するたびに「法則とか傾向」を見つけようとしていたが、それは百回くらい試行しないと見つけられないかもしれないと思うようになったと語ります。

おれもずっと、探していた。おれのまわりにいるものたちがうまく生きられないのは、いったいなぜなんだろうって。法則、傾向、原因、理由。そんなものなんてないのかもしれないと、思うことのほうがこわかった。

(p101)

さらに、養魚場の職員は慎よりはるかに多い死に直面していることを知り、看護師の母もたくさんの死に立ちあってきたことに思い至ります。ここまでくると、もはや死は確率論の世界の話になってしまいます。

後編の「サヨナラ・シンドローム」では、主役が蓮実に交代します。中2の冬、今度は蓮実はアメリカに転校することになります。父の仕事の都合で引っ越し慣れしている蓮実の一家は、引っ越し前に今まで利用したことのなかった近所の飲食店に入ってみたくなったり、さほど仲のよくなかった人との別れが名残惜しくなったりする現象を、〈サヨナラ・シンドローム〉と呼んでいました。蓮実の身の回りでも人間関係のあれやこれやが起こりますが、これは一時の気の迷いで、症状でしかないということになります。

このように眺めると、河合二湖の運命観・人間観はたいへん冷たいようにみえます。しかし見方を変えると、感情を症状と捉え人間関係に過大な期待をしなくても生きていくことができる、人はわりとひとりでも生きていくことができるという希望が描かれているようにもみえます。河合二湖のYA作家としての稀有な資質は、そういった人間観を提示できるところにあります。

2016-12-01

[]『ハルとカナ』(ひこ・田中『ハルとカナ』(ひこ・田中)を含むブックマーク

ハルとカナ

ハルとカナ

ハルは八歳。桜谷小学校の二年生。二年二組だ。

八年間も生きているのでハルはもう、たいていのことはわかっているつもり。

(p4)

八歳の男子ハルと、ハルと同様に「たいていのことはわかっているつもり」の八歳女子カナが交互に主役を務めます。

ひこ・田中作品に登場する子どもの多くは、観察する能力に長けています。この作品でも、両親が喧嘩するときは目を見て話さなくなるとか、みんなの方を見ているときはニコニコしている先生が黒板に向かっているときは無表情になるとか、辛辣な観察をします。

ハルとカナは大人を観察するだけでなく、自分たち自身の変化も観察します。いつの間にか男子は男子、女子は女子でつるむようになったことなどを不思議に思ったりします。

子どもはただ観察しているわけではなく、観察することで自分と世界との関わり方の手がかりを得ていきます。その結果ハルとカナは、恋心を発見します。

ハルとカナの縁は、「勇気」がとりもってくれます。カナは自分には勇気がないということを表明できるハルの「勇気」に感心します。ハルも、ハルの友だちでみんなから「気持ち悪いやつ」と思われているシュウマのことを「勇気がある」と評したカナに、やはり「勇気」を感じます。

ここでの「勇気」とは、確固たる自我のことであり、自分の思うままに感じ生きていこうとする主体性のことでもあります。そんな「勇気」を持っているふたりですから、小学2年生にして恋の本質に辿り着いた早熟さも納得できます。

主役のふたりはもちろん魅力的ですが、それ以上に魅力を持っているのが、ハルの友だちのシュウマです。休み時間が終わっても教室に戻るのを忘れたり、体がゾウで頭がキリンの絵を描いたり、「タラバガニって、カニじゃなくてヤドカリの仲間なんだって」といったわくわくする雑学を教えてくれたりと、一緒にいるととても楽しそうな子です。そんな彼はハルの恋について、「ハルはカナちゃんのこと、全部好きだよね」「どこが好きかじゃなくて、全部好き」「そうか、好きって、知らなくてもなれるんだ。すごい発見だぞ、これは」と論評します。小学2年生にしてこの洞察力。どれだけの可能性を秘めているんだ、シュウマ。小学生のころこんな友だちがいたらよかったのになと、詮ないことを考えてしまったのでした。

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