児童書読書日記

2016-09-26

[]『Q→A』(草野たき『Q→A』(草野たき)を含むブックマーク

Q→A

Q→A

5人の中学3年生の子どもたちが、学校や塾のアンケートに答えながら、自分の生活を振り返っていくという趣向の連作短編です。子どもには当然自意識がありますから、大人の用意する「仲のいい友達はいますか」「自分の親が好きですか」「現在おつきあいしている異性はいますか」などという質問に素直に答えるはずがありません。子どもたちの脳内で、建前と本音が火花を散らすことになります。そもそもたくさん書くのは面倒くさいから、字を大きめに書こうという小賢しい考えまでも拾っているところにリアリティがあります。ひとりの子どもが前半と後半で1回ずつ主役をはる構成になっているので、数ヶ月でのささやかな変化が可視化されます。なかなかうまい趣向を考えついたものです。

もっともおもしろいのは、中瀬義巳という男子が主役を務めるパートです。義巳は彼女のさゆりんへのプレゼントを手に入れるため、さゆりんになりすまして女性向けファンション誌の懸賞アンケートに答えます。彼女の思考に擬態することにより、さゆりんが義巳に向ける愛情が義巳がさゆりんに向ける愛情に比べて、著しく小さいという現実に向き合わざるをえなくなります。「あなたは彼氏と友達、どちらを優先させますか」という質問に脳内で「もちろん、さゆりんは友達優先だ」「一方、義巳はつねに、さゆりん優先」と即答する義巳の、不憫で笑えること。

他の短編も、思考を文章にする過程を経ることで、自分に対する認識や他人に対する認識のいびつさが明らかになる構造になっていて、読ませます。

また、女性の変質者による男子の性犯罪被害という、なかなか表に出ない題材を扱っているところにも、注目する必要がありそうです。

2016-09-22

[]『女子高生探偵シャーロット・ホームズの冒険』(ブリタニー・カヴァッラーロ) 『女子高生探偵シャーロット・ホームズの冒険』(ブリタニー・カヴァッラーロ)を含むブックマーク

アメリカのシャーロキアンYA作家による、学園ホームズパロディ小説。ワトスン博士の末裔ジェームズ・ワトスンは、ロンドンからアメリカの高校に転校し、ホームズの5代目シャーロット・ホームズとの運命の出会いを果たします。しかし、高校内で殺人事件が起き、「まだらの紐」などの初代ホームズが手掛けた事件を模倣したと思われる怪現象が続発し、ホームズは有力な容疑者になってしまいます。そこから当然のようにモリアーティ家との因縁もからんできて、運命を仕組まれた子どもたちの苦難が始まります。

ワトスンはホームズと出会う前から、ホームズと相棒になりふたりで冒険をする夢想をしていました。ワトスンにとってホームズは、実在する空想上の友だちだったのです。さらにホームズは、作品のホームズパロディという趣向から、ホームズというキャラクター性をあらかじめ背負わされています。メタレベルと作中レベルで二重に幻想を背負わされているという仕掛けがおもしろいです。

ホームズはホームズなので、性格は気むずかしく、ワトスンは距離を縮めるのに苦労します。ワトスンの父が作成したホームズ介護マニュアルでは、まずアヘンに関する注意事項が記述されています。

〈ルール1 こまめにアヘンを捜索し、必要に応じて廃棄すること。報復はめったにされないが、されるとなると迅速で激しいので、鏡やグラスには愛着を持たないにかぎる〉

〈ルール2 アヘンを探すときにはいつも、ホームズのブーツの空洞になっているかかとから始める〉

(下巻 p34)

ホームズはホームズなので、薬物に耽溺していても、そんなもんだろうと軽く受け流されます。パロディの形式を取ることで、若者の薬物依存という問題から深刻さを軽減させているところに、ヤングアダルト小説としての戦略性が感じられます。

パロディの形式を利用してホームズの薬物依存や人格破綻という問題を軽やかに語りつつ、メタ的にホームズやワトスンというキャラクター性を背負わされている子どもがごく当たり前の子どもとして周囲から期待を背負わされて苦労しているさまも描いています。ひねくれた仕掛けがありながらも、ヤングアダルト小説としてきわめてまっとうな作品になっています。

シャーロック・ホームズという着ぐるみを着て虚無的な表情を見せるホームズを描いたカバーイラストは、作品の性質をうまく捉えていて秀逸です。

2016-09-19

[]『紫式部の娘。賢子がまいる!』(篠綾子) 『紫式部の娘。賢子がまいる!』(篠綾子)を含むブックマーク

紫式部の娘。賢子がまいる!

紫式部の娘。賢子がまいる!

紫式部の娘の賢子が、母と同じく彰子に使えることになります。お約束のいじめに悩まされながら宮中での自分の立ち位置を探っていく賢子は、やがて中関白家(定子の父の道隆の一族)を貶めようとする偽の物の怪騒ぎに巻き込まれます。

目を引くのは、あまりにもゲスなヒロインの造形です。賢子はいじめにあうのは想定済みで、おとなしい母とは違い自分はちょっかいをかけてくる奴らはぶっ殺すという心づもりで宮中に乗り込んでいきます。そして、喧嘩を売ってきた相手の弱みを握って従えたりしてのし上がっていきます。一方、男あさりにも打ち込み、血筋や出世の見込みを最優先に周辺の貴公子たちの品定めをして、ターゲットを絞り込みます。中盤までは、ゲスでクズなヒロインが孤軍奮闘するさまを楽しめばOKです。

賢子がこのようなゲスに育ってしまった背景には、同情すべき事情もあります。賢子は、自分のような中の品の女は身分の高い男に遊び捨てられる立場でしかないことを知っています。そんな運命のなかで、同じような立場の女子たちとも競争しなければなりません。であれば、ゲスでクズになるのは、やむを得ない適応であるといえます。

しかし賢子は、自分が思っているほど孤独ではありませんでした。なにしろ賢子の親世代は、日本文化史のなかでもまれにみる黄金世代。ということは、周りを見渡すと同世代には、自分と同じように親のプレッシャーに押しつぶされそうになっている仲間がいくらでもいるのです。

同世代の女子たちと殴り合ったり助け合ったりするうちに、いつの間にか3バカトリオが生まれ、さらに仲間が増えてズッコケ探偵団が結成されます。クズどもが友情を深めて、やがて汚い大人の陰謀に立ち向かっていく流れには、非常に大きな爽快感がありました。

2016-09-15

[]『金色の流れの中で』(中村真里子) 『金色の流れの中で』(中村真里子)を含むブックマーク

「君に責任はない」

もう一度言った。

「君に責任はないよ、まだ」

(p53)

大胆に空白を配置したカバーデザインが目を引きます。イラストは今日マチ子です。

時は1964年。小学6年生の木綿子は、近所の川が金色に光る場面を目撃したことをきっかけに、「川の下の変な人」と呼ばれている浮浪者の和也さんと知り合います。

見た目はきれいだけど実は破傷風菌など汚いものが混在している川が金色に光り、そこに巨大な魚影が見えるというイメージが鮮烈です。

主人公の木綿子は、食べ物の好き嫌いが激しく、人間の好き嫌いが激しく、本を読むことが好きな、そんな子です。木綿子は自称2030年から来た未来人の和也さんと気が合い、家族関係の悩みなどを相談します。

1964年の過去と2030年の未来、このふたつの時代の共通点は、カタストロフから約20年後であることです。当事者の記憶はまだ生々しいけど、それを知らない若い世代には遠く感じられる、微妙な時期となっています。

木綿子の父親は、食卓で唐突に大陸で中国人をたくさん殺した自慢を始めます。母親はそのことに拒否反応をみせる木綿子を叱りつけ、「戦争がいやだなんて、そんなの当たり前じゃないの。戦争なんか、いやに決まっている。だから、敵をやっつけてさっさと終わりにしなきゃなんないでしょ」と、ある意味真面目で筋道は通っている理屈をまくしたてます。

木綿子の両親の態度は、当時の大人としては非常に凡庸なものです。その凡庸さが、リアルでおぞましいです。過去は美化されがちなもので、戦時中も大部分の人が内心では戦争に反対していたかのような印象を与える戦争児童文学も散見されます。普通の人は普通にそこそこ真面目に戦争協力していたという事実は、しつこく語り伝えていく必要があります。

一方、未来人の和也さんは、彼にとって約20年前のカタストロフ時に醸成された「つながりあって、ひとつにまとまってがんばろう」という空気への違和感を表明します。

絆は全体主義につながり凡庸な悪は戦争につながると、反戦平和を訴えようという意図は、当然この作品にはあるのでしょう。しかし、この作品で描かれているのは公憤ではありません。そうしたものへの嫌悪感は、あくまで好き嫌いの激しい少女の親や同級生に対する私怨であるとしている節度が、この作品の美点です。情景描写の美しさも相まって、感受性の鋭い子どもの心の揺れを描いた児童文学としてたいへん優れた作品になっています。

2016-09-12

[]『ふしぎ古書店3 さらわれた天使』(にかいどう青) 『ふしぎ古書店3 さらわれた天使』(にかいどう青)を含むブックマーク

文学少女はなぜ暴食の罪を犯すのか?

心に闇を抱えた文学少女東堂ひびきが福の神の弟子として人助けをする「ふしぎ古書店」シリーズ、おばの美澄朱音が主役を務める講談社タイガでの番外編『七日目は夏への扉』を挟んで、第3巻が刊行されました。

『七日目は夏への扉』では、タイムリープで運命をキャンセルしてしまうまでに生命力の強い朱音の魅力を堪能できます。おとなしい文学少女のひびきは朱音と対照的にみえますが、実は根っこのところは似ています。

ひびきと朱音の共通点は、本が好きであることと、大食いであることです。大食いであることはすなわち、生きることに貪欲であるということを表しています。本と食べ物で栄養を摂取して際限なく欲望を満たしていく生命力の強さ。これこそがひびきや朱音の持つ魅力です。

福の神のレイジさんをはじめとする化け物たちや唯一の人間の友だち秋山絵理乃との関わりによって、ひびきは「「楽しい」より、もうちょっと楽しい」ことを知り、「友だちより、もっと友だち」な大切な存在を得ます。これにより、もともと強かったひびきの欲望はさらに増大します。そして、おばの朱音と同じく運命をキャンセルしてしまうほどの力を得るのです。

大人の勝手な都合の押し付けに反逆させ、どこまでも子どもの欲望を肯定する「ふしぎ古書店」シリーズは、児童文学としてとても正しいと思います。

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