また見逃してしまったが、

ボクシングの試合がひどいことになったようだが、つらつら考えるに、(全国をカバーする)民放の数が多すぎるかのではないか、ということのように思う。いや逆か。少なすぎるのか。いずれにせよ、なんか変なレントがあるせいで、妙な商売が可能になっている印象。妙な不正利潤を発生させている規制の仕方を変えるか、規制を外すか、そういう話になるような気がする。参入障壁があるので、過剰に強い市場の支配力があって、それを背景に焼き畑農法的な商売をしているといえばいいか。

規制を続けるのならば、(ニュース・チャンネルとか)公共性の高いプログラム以外は全国放送に乗せられない、というのはひとつの考え方だろうし、その場合、同じような民放が五つも六つ「も」あるのは、やはりちょっと多すぎる感じがする一方、なかなか経営がしんどいらしい地方局を数え上げると、一気に数は増えるわけだけれど、系列化されているせいで、一地域で見ることのできるチャンネルは、せいぜい五つか六つで「しか」ない、という妙な状況であれば、やはりそちらが問題である可能性も高い。(そいうえば、阪神ファンとしてはずっとサンテレビ(全試合終了まで放送!)を見るのが夢だったが、夢が叶ったときには残念なことに熱が少し冷めてしまっていた。)

とまあいずれこういう話にしかならないのではないか。嫌みなことを書くと、スポンサーはどこで、シナリオを書いているのはどの広告代理店だろうか、とか。

なんというかボクシングであれ、プロレスであれ、ケーブル・テレビやなんかでやるかぎりはなんともささやかなものであるのだから、そういう範囲で多少阿漕な商売をしている分にはいいけれど、たぶん公共性を理由に規制の存在する電波の世界でああいうことをやるのは、フリー・ライドして暴利をむさぼっているように見えてしまう。暴利を貪るのもまあ、やった者勝ちのところがあるから、かまわないといえばかまわないが、それを2000万も3000万も給料もらっているようないい大人が集団で、白昼堂々やれてしまう状況というのは、やはりちょっと先進国としては乱暴な話だろう。崩壊前後のソヴィエトならいざ知らず(というかひょっとしてそういう状況なのだろうか)。

日経新聞のインサイダーの話もひどかったけれど、組織的であることがはっきりしている分、こちらのほうが犯罪性は高いかもしれない。じぶんも組織にいるからわかるけれど、こういうのはもう内側からは変わらない。

そいつらにこんなことをさせるために、税金を使って16年も教育したのではない、というか。社会に返せよ少々(せめて組織は)。

我ながら、なんかモラリッシュだなあ。ねずみなのに。

けれども失うものがある人間は、どこかで踏みとどまるべきであろうと思う。結局、失うもののないアウトローではないのだから、どこかで市民的世界のルールに身を添わせなければならない。そういう最低限の断念は持っておくべきだろう。