反応が出尽くしたところでひっそりと。先ず何より近藤令子さん、おめでとうございます。
今回のニュースを聞いたときまずワタシが思い出したのは、以下の文章だった。
「配属」「転勤」「配置転換」のような「自分の生活や時間の使い方を他者によって規定されること」を、「未知との遭遇」として心から楽しめる。
あれ? これ何のことを書いた文章だっけ?
ワタシ自身田舎に隠棲しており、東京から赴任しにくる人たちを数多く見ているから思うのだが、関東出身で東京で働く人が、東京を離れて関西に行けと言われてどういう感情を抱くか近藤さん分かってたのかな。例えば「「県民性の法則」でみる 上司と部下の攻略法」という神奈川県生まれのジャーナリストが書いた記事における、二つの府に対するほぼ悪罵に近い言葉は極端としても(ワタシ自身はこの手の「県民性」をそれほど信用していない)。
輿水宏哲さんがそのあたりについて率直に書いていて好感が持てるが、文章の節々にある種のシグナルを感じ取れる。今回の移転が社員の方々にとっての時限爆弾にならないとよいのだが。
ただこれは近藤さんが一番痛感していることだろうが、結果を出せばよいのである。どういう形であれ、輝ける成果がある限り闇は光に覆い隠される。優れたネットサービスを言葉通りに作り上げていけば、どのようにでも理屈はつくのだ。はてなの技術者にその力量がないわけはないはずだ。すっきりした話じゃないか。
はてなが京都から東京に移転したとき、ワタシは「京都よ、お前は償うものが多すぎる」という文章を書いた。それを久しぶりに読み返したが、四年になるんだね。
とても密度の濃い四年間だったような、でもあっという間だったかもしれない。今でははてなダイアリーもはてなブックマークもワタシにとって欠かせないサービスになっている。すごいことじゃないか。