その3

http://d.hatena.ne.jp/youkiti/20070222の続き。
 これまでのあらすじ。
・「より起こりやすいこと」を「正しい」とみなす。
・ヒトで「より起こりやすいこと」を証明する方法にはイロイロある。
 では、ヒトでの研究の方法について説明してみよう。

  • case report:症例報告


 上手くいった例を挙げるもの。
 『森達也ドキュメンタリーは嘘をつく*1』にも出てきたように、テレビに出てくる街頭インタビューは流したい部分を選んで放送している。つまり、「街の声」=「番組制作者の声」であって、それ以上でも以下でもない。
 同様のことが健康番組でも言える。実験をしてやせた結果が出ていても、それが本当に全員に効果があったのかどうか。つまり、やせなかった人を除外した結果ではないかという可能性がある。よくある折り込み広告の写真や通販のモデルでも同様だろう。

  • case control:症例対照研究


 やせる食品を食べた人たち(ケース)と、だいたい似た体重や運動習慣をもっていてその期間にダイエットをしていなかった人たち(コントロール)を結果が出てから比べる。これだと上手くいった場合だけを選んでいるのではないかという偏りは減らせる。
 また、まれなケースについて考える際、有効であり、コストも抑えられる。*2
 そうは言っても、これで示せるのは「相関関係」である。「因果の逆転」と「交絡因子」をなくすことはできない。
 「因果の逆転」については、同じく「ゲームは犯罪を誘発するか?」という例が適当だろう。罪を犯して捕まった人間の家に捜査が入ったらゲームがあったとする。この時、ゲームをしたせいで犯罪を行ったのか、犯罪をする人間だからゲームを持っていたのかは分からない。

 「交絡因子」とはどういうものか。
 例えばこのエントリに対するこの反応
 「強制わいせつと強姦」(A)と「ゲームをやる人の割合」(B)を統計解析して「相関関係」があったという結論に対して、「景気が悪い」(C) という「交絡因子」があるのではないか、という指摘である。AとBに相関関係があること(A-B)は、AとBに因果関係があること(A→B)を必ずしも保証しない。


 これ以降は未来に向かって前向きに調べるから、「因果関係」を示すことが出来る。加えて、大人数を観察すれば、ある現象が偶然おこってしまったのではないかという可能性を低くすることが可能*3である。
 お茶を飲んだりコーヒーを飲んだりといった生活習慣と高血圧やがんとの関係を調べるような際によく用いられる。新聞の健康欄で取り上げられるような健康習慣の元ネタの多くはこれ。

  • RCT(Randamized Controled Trial : 無作為割付臨床試験)


 現在、最も偏りのない研究デザインとされている。コホートとの最大の違いは、ランダムに割り振ることで、被験者の特性をより一定にそろえることができる点にある。そうすることで、より強固な因果関係の根拠を示すことができる。
Randomised controlled trial of four commercial weight loss programmes in the UK: initial findings from the BBC “diet trials” | The BMJ
 例えば、上の論文は4つのダイエット方法を比較したもの。半年かけて行ったら、どれも体重が減少したが、その差はなかったという内容である。
 薬や治療の効果を調べるときにもこの方法が用いられる。ただし、倫理上の問題を可能な限り少なくする方向でデザインされてはいるが、完全になくすことは出来ない*4
 そういった理由から、これをゲームと犯罪の関係を示すのに使うことは難しいだろう。強制的にある人にはゲームをやらせて、ある人にはゲームをやらせないような方法というのは、まさに『時計じかけのオレンジ [DVD]』的状況である。

  • メタアナリシス

 これは過去に行われた研究を恣意的ではなく、一つ残らず全部集めて統計解析したもの。

 個人ですべての研究を吟味して判断するには時間がかかりすぎるから、現在ある研究の「まとめ」を作り、どうすべきかという判断を示すもの。これを「ガイドライン」と呼ぶ。研究とはちょっと違う。
 一つの例がアメリカで用いられているダイエットのガイドライン
1992年版。

2005年版。

 詳しくは解説しないが、新たな研究が出てくるたびにアップデートされる。こうして、オレはようやく登りはじめたばかり ... このはてしなく遠い真理への坂をよ、と医学の営みは続いていく。

  • 本稿の結論

 医学において「絶対的に正しい」はない。しかし、「相対的に正しい」はある。あとはそれをいかに順序づけて解釈していくかの問題である。

  • 更に興味があれば

http://ocw.u-tokyo.ac.jp/course-list/medicine/clinical-bioinformatics-2005/lecture-notes/cbi-7.pdf(注pdf)
とか
市民のための疫学入門―医学ニュースから環境裁判まで
など、本稿の理論的な基盤である「疫学」についての入門書はイロイロあるので読んでみて欲しい。

*1:これは傑作なので、機会があればぜひ最後まで見てほしい。

*2:http://ttchopper.blog.ocn.ne.jp/leviathan/2006/02/post_ab4f.html

*3:健康番組の問題点として、少ない人数でしか検証していないということがよく言われる。

*4:しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)』に収録の「血をわけた姉妹」など。