機動戦士ガンダムAGE 第14話「悲しみの閃光」

     ▼あらすじ


 アンバットへの上陸を目指して進撃するディーヴァ。激戦の中、フリットはデシルの呼びかけを感知する。フリットに再び戦いを挑んできたデシルが連れ出してきたのは、ユリン・ルシェルを乗せたMS・ファルシアだった。
 ユリンを単なるXラウンダー能力の増幅機に見立て、ファルシアをコントロールしてガンダムを追い詰めるデシル。遠隔攻撃端末ビットに苦戦するフリットはあわや撃破の危機に陥るが、ユリンの能力か、ファルシアが盾になりゼダスの刃を身代わりに受け、散った。激怒したフリットの手により、デシルのゼダスは撃破されるのだった。


      ▼見どころ


   ▽ファルシ


 この回、ついにUEに人が乗っている事をフリットが確信した状態での戦闘になります。そしてその上で、ユリンの乗った遠隔攻撃端末装備のMSと戦う事になります。
 このファルシアですが……



 この頭部のアップでのシルエットが、



 どことなく、これに似ている気がします。
 やはりこの回の直接のイメージ源は初代ガンダムの「光る宇宙」なのでしょう。
 とは言いつつ、それだけで終わらないのがAGEの過去ガンダムオマージュでして。ファルシアの遠隔攻撃端末「ビット」はこのように



 花を思わせる形をしており。この形は……



 これを思わせます。
 フリット編のGガンダムリスペクト、まさかの継続なのでありました。
 この辺り、オマージュは複数の組み合わせで行うケースが多いのがガンダムAGEの特異なところかな、と思います。
 そして物語の内容も、「光る宇宙」の単なるコピー、とはなりません。



   ▽ユリン・ルシェル


 この回、デシルの手によって戦場に引き出されてきたユリンは、フリットをかばって命を散らすことになります。
 一見単純なシーンに見えますが、つぶさにセリフを追っていくと、色々と含みを持たせた脚本になっている事が分かってくるように思いますので、すこし細かく追ってみましょう。


 第12話のラストで、ユリンを脅迫し詰め寄るデシルのシーンがあらかじめ挿入されていました。



 フリット編でのUE側主要人物勢揃い


 ここでデシルは、以下のように言葉をかけています。
「どんな用件で僕たちが来たのか、本当はわかってるんだろ? 僕たちの頼みを断れば、君はどうなるのかも」
 この発言は明確に、ユリン自身の身を脅かす脅迫の言葉になっているのですが。
 しかしフリットと戦場で再会したユリンは、以下のように言っています。



「こうするしかなかったの! こうしなきゃ、二度とフリットには会えないって!」


 フリットの身に何かあるから「二度と会えな」くなるのか、それともユリンの身に何かあるからなのか、そこはセリフだけからは分かりませんが。しかし少なくともユリンは、自分自身の危険を理由にMSに乗る決心をしたわけではなさそうです
 実際、ユリンは「助けて」とも言いませんし、そもそもデシルへ向けて明確に何かを言っているシーンが見当たりません。まるで戦場にはフリットと自分しかいないかのように振る舞っています。


 ファルシア撃墜の直前、ミンスリーの森を思わせる景色の中でフリットとユリンが言葉を交わすシーンが入りますが、そこではユリンはこのようにも言っています。



「もう一度会えたら気がすむって思ってたはずなのに……」


 ……というように、ユリンのセリフを拾っていくと、どうにも彼女自身が助かろうという意志が希薄なように思えます。脅迫によってMSに乗せられただけなら、そういう理不尽を訴えて、フリットに助けを求めたりしても良さそうなものです。


 そこで、過去のユリンの言動を思い返してみると……第11話「ミンスリーの再会」において、ノーラでフリットと初めて出会った時の事を説明しているのですが、


「わたしね、UEの攻撃で、お父さんもお母さんも弟も死んじゃったんだ……。1人ぼっちになっちゃった」
「それで、ノーラにある施設に入ってたの。そしたらわたしを引き取ってくれる人が現れたって言われた。わたしのお父さんになってくれる人……でもそんなの認めることができなかった。新しい家族なんて、わたし……
「だからあの時、逃げ出したんだ。そしたらあなたがガンダムで……。フリットに会えてなかったら、わたし、どうなっていたか」


 ここで、「わたしを引き取ってくれる人」というのはミンスリーのアルザック・バーミングスです。
 会話の流れから何となく、フリットに助けられた事でユリンの心境に変化があったような気がしてしまいますが、よくよく考えてみるとミンスリーでもユリンはバーミングスを受け入れられないままでいるのでした。第11話、フリットに「ユリンの家族になってあげてください」と言われたバーミングスは、
「少なくともわたしはそれを望んでいるつもりだが」
 と応えており、未だユリンの側が拒絶している事を匂わせています。
 どうも、ここで触れられるユリンとバーミングスの関係というのは、異様なものがあります。普通、物語の中に「新しい家族を受け入れられない」子供を登場させた場合、最終的には何らかの形で和解する展開に落ち着けるのが常道だろうと思います。
 実際、小説版では以下のような記述が見つけられます。


 朝起きて、顔を洗って、フリットの写真におはようを言って小さくキスをして。そうして、朝ご飯を食べて、バーミングスに、
「おはようございます、お義父様」
 と言って。
 そうして、それだけのことで、バーミングスが破顔して泣き出すのを見ると、ユリンはなんだかすごく、心が楽になったような気がした。

 このように描いたあと、デシルたちの来訪でユリンの未来が暗転するという展開に、小説版はしています。この方が物語の組み立てとしては自然でしょう。
 ところがアニメ版では、ユリンは最後までバーミングスと和解しないままなのです。だとすれば、本筋に関係のない人間関係やドラマは極力排されるガンダムAGEの脚本にあって、短いとはいえなぜバーミングスとユリンとの関係性は描かれたのでしょうか? 単なる無計画だったのでしょうか。
 むしろ。
 最後までバーミングスを家族と受け入れられなかったからこそ、ユリンは自身やその生活を守ろうという抵抗を示さず、刹那的にフリットに会うためにMSに乗ってしまったのではないか。そのように解釈する事が可能なのではないかと思うのです。


 フリットは、ミンスリーで別れる時、「戦いが終わったら会いに来る」と約束をしています。それがユリンにとって希望のある未来だったのであれば、それに見合った抵抗をしても良いはずなのですが……ミンスリーで、即ちバーミングスの下でフリットを待つというのは、ユリンにとって希望のある未来ではなかったのではないか、という事です。
 そうだとすれば。
 ファルシアに乗って戦場に出る事が、フリットにとって不利になるだろうという想像くらいはユリンにも出来た筈です。それにも関わらず「フリットに会」うためにMSに乗ろうとする事は、「バーミングスを受け入れられない」自分自身のエゴの裏返しでもあった事になります。
 そして、自身のエゴのためにフリットを危機に陥らせてしまった、そしてフリットをかばって自分が死ぬことになった、そうした一連の後悔が込められていると読まないと、



「生きるって、難しいね……」
 というユリンの最期の一言の意味が、よく分からなくなってしまう気がするのでした。
 単に強要されて戦場に引き出されてきただけなら、こういうセリフにはならないように思えるので。



 また、仮にこのような読解が可能だとした場合、フリットとユリンの間にも大きな皮肉が横たわっている事になります。
 フリットはユリンの「UEに家族を殺された」過去を共感してもらう事ができますが、ユリンは「新しい義理の家族を受け入れられない」苦悩をフリットに共有してもらう事が出来ないという事です。フリットは、ブルーザー司令という義理の父親と上手く絆を作り上げる事が出来ていたからです。
 とはいえ、そうした違いをつぶさに確かめ合う機会のないまま、フリットはユリンと永遠に引き裂かれる事になったのでした。



   ▽フリットは何故デシルを殺さなかったのか


 ユリンの死を目にしたフリットは激昂します。そして、一気に形勢を逆転させます。
(とはいえ、このアンバットでの対デシル戦でフリットが苦戦したのは、ファルシアのオールレンジ攻撃に対して近接戦特化のスパローが相性最悪だったからで、もしこの時の戦いのデータを持ち帰りAGEシステムで演算させれば、対ビット戦に対応した新しいウェアが何か出来ていた事は十分考えられます。というか小説版には登場しますし。
 AGEシステムに弱点があるとすれば、この仕組みは基本的に対症療法的に状況を克服する方法を案出する仕組みなので、初見の脅威には対応できない事がウィークポイントという事になります。少なくともフリット編では。
 まぁいずれにせよ、スパローは対ゼダス戦を想定して作られたウェアなので、ファルシアが撃墜された後は普通にフリットの方が有利です。デシル側はこの時点で撤退するのが冷静な判断だとも言えるのですが、ここで慢心するのがデシル君らしいところ)


 そんなこんなで、デシルの乗るゼダスはまたしてもシグルブレードでざくざく切り裂かれる事になったのでした。



 凄むと怖いガンダム



 ところが、圧倒的優位に立ったフリットは、ゼダスを完全に破壊しないまま、見送ってしまいます。
 後にUEの「殲滅」を徹底して主張するフリットが、ここで、正にユリンを目の前で失ったばかりの激昂したこの時にデシルを殺さなかった事は、不自然なようにも思えます。
 フリットは何故、この時デシルを殺さなかったのか。
 やはりこの点も人によって解釈が様々に存在するところでしょう。
 私はでは、どのように読んだかというと……直前のフリットのセリフに重点を置いています。一貫して戦いを「ゲーム」だと言い、ユリンを戦いを盛り上げる道具として扱ったデシルに対して、フリットは叫びます。



「命は、おもちゃじゃないんだぞ!」


 ……ところが、このセリフは単にデシルだけを糾弾するセリフに留まらないように思えます。少年期フリットのセリフはどれもそうした皮肉が潜まされているのですが、このフリットのクライマックスでの叫びもまた、彼自身に真っ直ぐ跳ね返ってくる言葉です。
 何故って、UEに人が乗っている事を知らずに、ガンダムの進化とそれによるUEの撃墜を誇ってきたのは他ならぬフリットだからで、結果としてUEのMSに乗っていたパイロットたちの命を軽んじていた、とも言えない事はないからです。


 第5話の解説を書いた時、わざわざバルガスのこんなセリフをピックアップしました。



「どことなくお前さんと雰囲気が似とるのぅ」


 バルガスにそうした意図は無論なかったわけなのですが、しかしある意味で非常に鋭い発言にもなっていた、という事になります。ガンダムAGEの、フリット編脚本に配された皮肉のいかに念入りなことか。


 そう。表題の疑問に対する私の回答は、つまりそういう事です。ここで「命をおもちゃにした」デシルを殺す事は、フリット自身を断罪する事に等しい。デシルに自分自身を重ねてしまった故に、ここでフリットはデシルを殺せなかったのではないか、と。



 そして。
 もちろん、ユリンを死なせたデシルの振る舞いと、自分自身のした事が同じなのではないかという疑念はフリットには許容できません。しかし、これ以降フリットがその事を否定しようとすると、UEの命がユリンの命と同等であるという事実を認めないでいるしかない、という事になります。既にフリットは多くのUEを撃墜してしまっているわけですから。


 つまるところ、「命はおもちゃじゃないんだぞ!」と口にした、その自分の言葉に縛られる形で、フリットは「UEが人間である事」を認められない、という自縄自縛に陥っていく事になるのでした。



 ここに、後年のフリットが極度に頑迷になっていく、その種が蒔かれたのでした。



『機動戦士ガンダムAGE』各話解説目次