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2014-10-13 高齢者の人口移動、東京都や大阪府で転出超過

高齢者の人口移動、東京都や大阪府で転出超過

 統計局ホームページ/統計トピックスNo.84 統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)−「敬老の日」にちなんで−にある統計局ホームページ/2.高齢者の人口移動を見ると、東京都や大阪府で転出超過というデータが示されている。人口の大都市圏集中が進んでいるという印象があったので、意外に思い、関連資料を調べてみた。


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 平成25年の高齢者の転出超過数を都道府県別にみると、東京都が4,937人と最も多く、次いで大阪府(806人)、福島県(393人)など27都道府県で転出超過となっています。

 都道府県間移動率(日本人の男女年齢階級別人口※に対する移動者数の比率)を65歳以上の5歳階級別にみると、85〜89歳が最も高くなっています。また、男女別にみると、男性は65〜69歳及び90歳以上、女性は80歳以上で高い傾向がみられます。


 統計局ホームページ/住民基本台帳人口移動報告 平成25年結果をみると、人口移動の全体像が示されている。

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 「東京圏は9万6524人の転入超過。前年に比べ2万9315人の増加。18年連続の転入超過」となっている。詳細集計をみると、東京都は5〜54歳で転入増だが、0〜4歳と55歳以上で転出増である。


 第7回人口移動調査|国立社会保障・人口問題研究所概要(PDF)の6〜8ページに、年齢階層別にみた移動理由が示されている。高齢者の移動理由は以下のように記載されている。

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 65 歳以上の過去 5 年間における移動者の割合は、4-5%と低い。移動した高齢者についてどのような理由で移動したのかをみると、「住宅を主とする理由」が 46.2%で最も高いが、 「親や子との同居・近居」(18.2%)、「健康上の理由」(9.1%)で移動する者の割合が高いのが特徴である。

 なお、7ページの表 IV-2 男女別、年齢別、過去 5 年間における現住地への移動理由をみると、男女とも80歳を超えると、「親や子との同居・近居」、「健康上の理由」が急増している。


 ネットで検索してみると、1990 年代後半における高齢者の 都道府県間移動の特性/平井誠という論文が見つかった。まるわかり人間科学部|神奈川大学 人間科学部 人間科学科の第1巻(2007年)に収載されている。2000年国勢調査の人口移動データを資料としており、示唆に富む知見が多数認められる。重要と思われる部分を抜粋した。

  • 高齢人口の空間分布は、居住者が加齢とともに高齢人口に加わること(aging-in-place)と、居住地移動による高齢者の流入(net-migration)という2つの要因に影響を受ける。居住地移動に関しては実態調査を積み重ねてその動向を把握する必要がある。
  • 高齢移動者の総数は約257万であり、1990年調査に比べ1.6倍に増加した。同じ期間に高齢人口全体の規模は1.4倍に増加しており、高齢移動者の増加傾向がより強かった。
  • 高齢人口の移動率は1990年の10.4%から11.7%に増加したが、非高齢人口に比べると低い水準にある。高齢者のなかでは移動率は年齢が高くなるほど上昇する。もっとも顕著なのは県内市区町村間移動であり、最低値を示す70〜74歳に比べ85歳以上の移動率は2.6倍に増加する。
  • 年齢階級に関わらず自区町村内の移動がもっとも多く移動発生数の約60%を占める。非高齢人口の移動では自区町村内の移動が占める割合が43%であるのに比べ、高齢期の移動において、より空間的範囲の狭い移動が卓越する。
  • 高齢人口における都道府県間移動は、移動数や移動率の面で小さな値にとどまっている。しかし、既存の人口移動に与える影響の大きさを示す指標である移動効果指数をみると、高齢期に移動に一定の方向性が存在しており、既存の人口分布に与える影響が青年期に次いで大きいことが明らかである。
  • 都道府県間移動の場合、65〜69歳の移動者の性比は98.1で、男女がほぼバランスのとれた状態である。年齢とともに性比は小さくなり、75歳以上の年齢層になると性比は50を下回る。
  • 移動後に施設に居住している者の割合は、年齢とともに増大している。特に自市区町村内および県内市区町村間の移動では80歳以降の移動者の半数が施設に居住している。
  • 一方、都道府県間移動の場合、移動者に占める施設居住者の割合は85歳以上の場合でも28.6%にとどまっており、県内移動に比べ移動後も一般世帯で生活する者が多い。世帯構成別に見ると、65〜69歳および70〜74歳では核家族世帯と単独世帯が約70%を占めている。一方、年齢層が高くなるとその他の親族世帯の割合がほぼ半数を占める。この世帯区分には子供世帯とその親を中心とする2世代、3世代家族が該当する。
  • 65歳以上移動者の就業率は、移動の空間的範囲にかかわらず、男性で約17%、女性で約5%であり、高齢人口全体の約半分の水準である。
  • 以上のことから、高齢者による都道府県間移動の多くは、一般世帯に居住する退職者による移動と言えよう。高齢前期では男性の移動も見られ、移動後の世帯は彼ら自身を中心とする核家族あるいは単独世帯が多い。高齢後期になると女性の移動が卓越し、移動後に子供夫婦と同居する場合が多い、という傾向が認められる。
  • 総移動率の高い県の中でも東京都と大阪府は、大幅な転出超過を示す。
  • 同一地方内部での発着地ペアは前期高齢者で全体の50%、後期高齢者で46%が該当する。
  • 大都市圏地域と非大都市圏地域の関係をみると、前期高齢者の場合、大都市圏地域から非大都市圏地域へ高齢者を送り出す移動が主要なパターンである。一方、後期高齢者の場合、大都市圏地域が非大都市圏地域からの移動者を受入れるパターンが形成されている。
  • 大都市圏から非大都市圏へ向かう移動パターンが明確になった。具体的には東京から東北地方へ向かう移動や大阪から四国地方や九州地方へ向かう移動であり、これは高度成長期に見られた集団就職の移動を反転させた移動パターンと捉えることができ、彼らの帰還移動を示していると考えられる。
  • 後期高齢者の移動は非大都市圏から大都市圏へ向かう移動であった。移動人口の大部分は女性であり、移動後はその他の親族世帯に該当する世帯に居住する場合が多い。子供との同居を目的としたいわゆる「呼び寄せ移動」が想定される。

 人口移動調査プロジェクトによる研究成果にある千年よしみ(2013)「近年における世代間居住関係の変化」『人口問題研究』69-4,pp.4-24.をみると、「呼び寄せ移動」に関係する次のような記述を確認できる。

 2011年(第7回)と2001年(第5回)の 2時点の人口移動調査を用いて分析した結果、この10年間に成人子が親と別居する傾向は強まり、別居親子間では近居の傾向が強くなっていた.きょうだい数の影響は、同別居、近遠居どちらについても人数が多くなるほど距離が離れる傾向は強くなるが、その効果の度合いは2011年で低下している.きょうだい構成の影響は、同居は長男が、近居は男きょうだいがいない女性が近くに住む可能性が最も高い.成人子の配偶状況の影響については,、未婚子が最も同居の可能性が高く、近居は有配偶、離死別で高い.支援ニーズからみると、同居は親のニーズが、近居は成人子のニーズが優先されている可能性が示唆された.


 統計表一覧 政府統計の総合窓口 GL08020103にある、9-3 年齢(5歳階級),男女別転入超過数−全国,都道府県,3大都市圏(東京圏,名古屋圏,大阪圏),21大都市(平成25年)をみると、東京特別区部は50歳以上で、大阪市は75歳以上転出超過になっている。上記平井誠論文とは矛盾するが、おそらく、東京も大阪も高齢者施設の不足や住宅費の高さがあり、呼び寄せたくても困難な状況があるからではないかと推測する。

 一方、札幌市、仙台市、千葉市、相模原市、岡山市、福岡市、熊本市では、65歳以上の全年齢層で転入超過となっている。地方の中核的機能を持っている政令指定都市では、都市機能の充実と自然環境の豊かさが適切なバランスで保たれているため、東京や大阪からの前期高齢者移動にも、健康問題を抱えた後期高齢者の呼び寄せ移動にも対応できているから人気が高いのではないかと考える。

 今後、団塊の世代の高齢化に伴い、大都市圏で高齢者人口が増加する。高齢者人口移動の特性を考えると、東京近郊の埼玉・千葉・神奈川県や地方中核都市でより問題が深刻化する可能性があると考え、対策をとる必要がある。

2014-09-28 野蛮な進化心理学

野蛮な進化心理学

 「殺人とセックスが解き明かす人間行動の謎」という扇情的な副題はついているが、人間行動の基本的な原則を丁寧に説明した良書である。重要と感じた点をメモする。


 本書は、進化生物学(進化心理学)と認知科学(認知心理学)の最新の成果を紹介しながら、出自や教育は異なっていても、人間行動には大きな違いはないということを示している。さらに、あらゆる人間は複雑な網の目の中で相互に結びついているという力学系理論という考え方を提示している。


 「第5章 心はぬりえ帳」、「第6章 ひとつの身体、いくつもの心」、「第7章 マズローと新しいピラミッド」の部分に本書の基本的な考え方が示されている。

 第5章では、心は「空白の石版」であるという考え方を批判し、心を「ぬりえ帳」として考えてはどうかと提案している。内部にある構造(前もって引かれている輪郭線)と外部からの入力(クレヨン)との相互作用で色が塗られる。このぬりえ帳は、空白の石版と違って、複数のページがあることが特徴である。

 第6章では、人の頭の中にあり緩やかに結びついている「下位自己(サブセルフ)」があり、状況に応じて個別の問題を解決していると主張している。本書では、以下の7つの下位自己を提起している。

  •  チームプレイヤー: 提携に関連する問題に対処する
  •  野心家: 地位に関する問題に対処する
  •  夜警: 自己防衛に結びつく問題に対処する
  •  強迫神経症患者: 病気の予防を担当する
  •  独身貴族: 配偶者の獲得に関わる
  •  よき配偶者: 配偶者との関係を維持する
  •  親: 親族の世話に結びつく問題に対処する

 第7章では、マズローのピラミッドの再構築を試みている。マズローが提案した動機に関するピラミッドは、差し迫った生理的欲求、安全、愛(愛情・所属)、承認(尊重)、自己実現の5段階で構成される。人間は普遍的な基本動機を共有しており、目的ごとに違う下位システムを利用しているという発想は「モジュール性仮説」と呼ばれ、現代の認知科学と進化心理学を結びつける基本概念のひとつとなっている。一方、著者が新たに提示したピラミッドでは、子育て、配偶者の維持、配偶者の獲得、地位・承認、提携、自己防衛、差し迫った生理的欲求の7つが上から順番に重ね合わされている。第6章で提示された下位自己がここで再構成されている。マズローが最上位に置いた自己実現は承認のカテゴリーに収められ、代わって、子育て、配偶者の維持、配偶者の獲得という繁殖に関する3つの動機が最上位に置かれている。進化論的視点では、性に関する動機と競争に関する動機がどちらも人間の否定しがたい特徴だとしているが、その一方で、強調、愛、子育てが集団の存続のために重要であることも強調されている。


 下位自己に関して、以下のような専門用語が本書のなかにちりばめられている。

  •  親の差別的投資と性淘汰: 一方の性(通常はメス)のほうが子供に対する投資が多ければ、その性は交配に慎重になる。その結果、もう一方の性(通常はオス)は、相手に選ばれるために競争をしなければならない。顕示的消費をする男は、繁殖期に尾羽を広げるオスのクジャクと同じである。
  •  包括的適応度: 近親者は同じ遺伝子を高い比率で共有しているので、近親者の繁殖につながる行動はすべて、間接的に自分自身の適応度を高めることになる。
  •  互恵的利他行動: 相手が自分のために何かをしてくれる限り続く助け合いであり、人間の協力行動の基本になっている。
  •  生活史理論: あらゆる動物は有限の資源しか割り当てられていないという前提がある。動物の成長過程には、その希少な資源をいつ、どのように割り振るかについて常にトレードオフが存在する。生活史は大きく二つの局面に分けられる。ひとつは身体的努力(自らの肉体をつくるために消費するエネルギーに関するもの)であり、もうひとつは繁殖努力である。後者は交配と子育てに分けられる。人間は性的成熟期に達するのに時間がかかり、パートナー探しに数年を費やし、さらに自分のエネルギーを子育てに注ぐ動物という特徴がある。人間は繁殖成功度を最大化するために、優先順位を変えながら、下位自己が異なるトレードオフを作り出している。
  •  外集団均質化: 自分が所属する集団のメンバーの識別は容易だが、他集団の識別は困難である。一方、外集団のメンバーから攻撃される恐れがある時には、識別は容易となる。
  •  機能的投影: 自分自身の適応目的に最も適した方法で他人に感情を投影する傾向がある。自分が恐れを感じている時には、他の人が怒りを感じていると考える。投影をする側は、はっきりとした脅威や恩恵をもたらす人の中にだけ、機能的に重要な感情を読み取る。このプロセスが、偏見を生み出すメカニズムとして重要な役割を果たす。

 最終、「第12章 力学系理論と社会のジオメトリー」で力学系理論が紹介されている。重要な概念として、以下の3つが提示されている。

  •  あらゆる社会生活は、多方向の因果関係がある。自分が家族、隣人、同僚に影響を及ぼそうとするのと同様に、家族、隣人、同僚もあなたや他のメンバーに影響を及ぼそうとする。
  •  しかし、自然は自己組織化に満ちあふれている。秩序はしばしばランダム性から自然発生的に生まれ、集団の成員が単純で利己的なルールに基づいて行う局所的な相互作用によって維持される。
  •  相互作用する要素がごく少数しかなくても、とんでもない複雑性が生まれることがある。

 私たちの社会のネットワークは、異なる基本動機に関連づけられた様々な社会のジオメトリー(形状)が存在する。地位のジオメトリーはピラミッド型になる。友情のジオメトリーは横並びでにじむように広がり、限定的なものとなる。自己防衛のジオメトリーは、集団が大きいほど都合が良くなる。配偶者選択に関しては、比較的大きな集団のなかから配偶者を選び、その選択肢が多ければ多いほど喜ぶ。一方、配偶者維持の場合には、二人の間の駆け引きという形をとる。子育ては、資源が親から子へ流れることの多いトップダウンの形をとり、あらゆるジオメトリーのなかで最も安定している。


 語り口がスマートで、興味深いエピソードが満載である。特に、心はぬりえ帳という比喩は、矛盾に満ちた人間行動を表現するのに適切であり、7つの下位自己と人間行動の動機に関する部分も納得させられる。最終章の部分も、役割相克に悩む現代人に重要な示唆を与える。なお、著者が示したピラミッドのなかで、繁殖に関係する3つの下位自己(子育て、配偶者の維持、配偶者の獲得)、性淘汰に結びつく地位・承認、および、遺伝子の乗り物である個体保持に関係する自己防衛、差し迫った生理的欲求は、他の動物でも多かれ少なかれ認められるが、残る提携(互恵的利他活動)に関しては、ホモ・サピエンスにかなり特異的なものである。残念ながら、本書では、繁殖および競争に関わる部分が中心のためか、個体間の協力関係についてはほとんど言及されていない。

 相互の関連性のないミニ理論が無秩序に散在しているため、近寄りがたかった心理学という世界の全体像が、進化心理学という新しい学問分野ではだいぶ整理された形で提示できるようになってきたということが、本書を読むとわかる。人間関係を取り扱う医療・介護関係者にとって、読んでおいて損はないと思わせる本である。

2014-08-24 幼少期という発明

幼少期という発明

 「人類進化700万年の物語」という本を読んだ。著者のチップ・ウォルターは科学ジャーナリストであり、ヒト族に分類される人類のなかで、なぜ、私たちホモ・サピエンスだけが生き残れたのかということを、最新の研究結果をふまえ、分かりやすい語り口で紹介している。


 本書のなかで最も興味深いのが、脳の発達について言及した「第2章 幼少期という発明(または、なぜ出産で痛い思いをするのか)」である。概要をメモする。


 人類は、大型でがっしりとした頑丈型と小型で細身の華奢型とに分かれて進化していた。頑丈型系統に属するパラントロプス属の人類は、大型の平たい歯と大きな顎で根茎や根をむさぼり食って生活していた。彼らはチンパンジーのような体型で脳の大きさは450ccほどに過ぎなかった。前額部から首の後ろまで太くギザギザした骨が連続しており、そこに巨大な顎と太い首につながる筋肉がつながっていた。

 一方の華奢型に属する人類として有名なのは、ホモ・ハビリスである。細身だったがいつも直立歩行をし、古代の人類よりは相当大きな950ccほどの脳を持っていた。頭部と顎の形は頑丈な親戚と異なり、彼らは肉とそれらがもたらすタンパク質を好むようになったことを示している。

 頑丈型が好む高繊維質の食物を消化するには大きな胃と長い腸が必要であり、食べること自体にエネルギーが必要だった。一方、華奢型が好む肉食では複雑な腸管は必要なく、エネルギーを大きな脳を作るのに振り向けることが可能だった。


 この問題について、「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこに行くのか」のなかで、著者の帯刀益夫は、次のような遺伝子研究の発見を述べている。


 ヒトとチンパンジーに通じる家系が分岐した後に、咀嚼筋で発現している主要なミオシン重鎖タンパク質の一種(MYTH16)をコードしている遺伝子が消失してしまった。このタンパク質の損失は個々の筋繊維と全体の咀嚼の筋肉を小さくしてしまう。この変異はおよそ240万年前に表れたと見積もられている。

 咀嚼筋の減退は、ホモ族の更新世の進化を特徴づける頭蓋の著しい拡大に役立ったのではないかと言われている。MYTH16遺伝子を不活発にする遺伝子変異が、咀嚼筋を小さくし、そのことによって頭蓋が大きくなるのを抑えていた負の制約が除かれた結果、頭蓋が大きくなり、それに伴った脳の大きさの増加をもたらした可能性がでてくる。つまり、頭蓋骨をきつく縛り上げていたひもの一本が切れたことで、頭蓋に自由度が出て、内容物の脳が大きくなる余裕ができたのである。

 古人類化石研究による解剖学的所見と遺伝子研究が強い関連を示す興味深い例である。


 「人類進化700万年の物語」の記述に戻る。

 直立歩行と大きな脳を持つ華奢型人類は、脳が未成熟の状態で子供を出産するようになった。早く生まれるという私たちの習慣は、科学者が一括して「ネオトニー」と呼ぶ不思議な現象の一部である。「ネオトニー」とは「動物の成体に幼体の特徴が保持されていること」である。私たちは類人猿の胎児のように、比較的体毛のない状態を保つ。一方、脳は誕生後も成長が減速することなく、熱心に増殖を続ける。言い換えると、かつて私たちの祖先では出生前に行われていた過程が、私たちの場合には出生後に行われるようになった。「早く」生まれることによって、私たちの若さは増幅されて長くなり、延長された幼少時代が全体に広がり続ける。進化してきた幼少時代によって非常に柔軟性のある脳の発達が可能になった。

 私たちは、大人の23%しかない重さの脳とともに世界に生まれる。生まれてから3年間に脳の大きさは3倍になり、6歳になるまでの次の3年間も成長を続け、青年期に再び大規模な再配線が行われて、20歳に達する時には大部分の発達が終了している。


 本書のなかで、著者は、グールドの「個体発生と系統発生」の記述を紹介している。


 異なる種類の進化的選択を進めるふたつのタイプの環境がある。

 一つはr選択と呼ぶもので、十分な空間と食物があり、競争がほとんどない環境で行われる。r選択では、手近に豊富にある資源をりようするために種ができるだけ素早く十分な子孫を作るように働きかける。

 もう一方のK選択は空間や資源に乏しく、危険で厳しい競争がある環境で行われる。K選択では、環境にかかるストレスとそこで生き残ろうとする生物間の競争を軽減するために種を減速させて、残す子孫を減らし、時間をかけてそれを行うように働きかける。K選択は私たちを「単胎出産の反復傾向、親が徹底的に面倒を見ること、長い寿命、成熟の遅れ、高度な社会化の傾向によって区別される哺乳類のひとつの目」とした。


 「ネオテニー」に関しては、本書の他章でもしばしば触れられている。例えば、「第7章 野獣の中の美女たち」では、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人については、次のような比較をしている。

 ネオテニーは一生を通して柔軟性のある回転の速いしなやかな脳を作り出して、ユニークな人々とユニークなアイディアを作り出した。私たちは生まれながらの学習者で、何らかの不思議な神経的錬金術で、驚きを探しむさぼり食い、それを知識に変えるように遺伝的に促されている。

 ネアンデルタール人は私たちより速く生きて若く死んだ。そのため脳の柔軟性を失う前に個人的な経験、アイディア、人格を形作る時間が少なくなった。そして柔軟性を失うに従って、彼らは子供らしさを失い、実験を行う傾向も減少した。それに従って彼らの適応性も減少しただろう。


 学習機械といえる柔軟性の高い脳を発達させ、成熟に必要な長い幼年期を「発明」したことが、現在のホモ・サピエンスの隆盛につながっているという主張である。本書では、この他に、心の理論、言語獲得、美的感覚、創造力、自我、など話題が多方面の及ぶ。人類史をたどりながら、ホモ・サピエンスという哺乳類としての自分の姿をあらためて見つめ直すことができる良書である。

2014-08-14 「病院がないほうが死亡率が下がる!」の関連資料を読んで

「病院がないほうが死亡率が下がる!」の関連資料を読んで

 病院がなくなっても幸せに暮らせる! 夕張市のドクターが説く、”医療崩壊”のススメ | ログミー[o_O]というエントリーが話題となっていた。刺激的なタイトルに反発を覚え、論者の根拠となっている資料がないか調べてみたところ、週刊日本医事新報 :日本医事新報社に「夕張希望の杜の軌跡」という連載記事が載っていたことがわかった。掲載誌は、2012年4月14日号、5月5日号、6月2日号、7月7日号、8月4日号、9月1日号、10月6日号、11月3日号、12月8日号、2013年1月12日号、2月9日号である。各号とも2〜4ページという読みやすい分量であり、一気に読了したところ、夕張市の財政破綻、市立病院廃院という逆境のなかで、「ささえる医療」を旗印に「医療崩壊」を起こした元都会部における地域医療のモデルを作り上げて来たことが理解できた。真摯な医療活動に頭が下がる思いがするとともに、何故にあのような反発を元エントリーで抱いたのかを考えてみた。

 一言でいうと、論者の説明不足である。一般聴衆向けには良いかもしれないが、医療関係者からすると情報量が全く少なく、いらぬ反感を招いたことはもったいない。当初、私が抱いた3つの疑問に関しても、全て医事新報内に説明の文章があった。老婆心ながら、論者に対する誤解を解くためにご紹介したい。


1)救急車の出動回数はなぜ下がったのか。

 上記の答えは、救急を受けられない罪悪感を背に −ささえる医療:救急医療(後編)(2012年9月1日号、30〜32ページ)にある。

  • 高齢化率日本一の夕張市の救急車出動回数がピーク時から半減した。
  • 「ささえる医療」は在宅医療の重要性を認識し、推進するのが基本的なスタンスである。
  • 在宅患者・施設患者の急変に24時間365日対応し、患家や施設に赴いて直接診療する。
  • 施設入所者のお看取り直前に慌てて救急車を呼ぶなどということはまずない。

2)高齢者一人あたりの医療費はなぜ下がったのか。

 これに関しては、世界の未来を照らすもの(2012年12月8日号、28〜31ページ)にある。

  • 夕張市の高齢者一人あたりの医療費が2007年度から減少に転じた。2010年度は、ピーク時(2006年度)から実に13%減となり、全国平均より10万円、北海道平均より30万円も低い医療費となった。
  • 夕張市では2007年から予防医療の取り組みを積極的に取り入れた。しかし、今回の夕張市の医療費削減の主要因であるという確証は得られなかった。
  • 実は、医療費増大の主犯格は「医療の高度化」だと言われている。
  • 「過去50年の米国の医療費を分析した結果、医療費高騰の要因と考えられていた『高齢人口の増大』や『医師数の増加』などは、実は限定的な役割しか演じていなかった。その主犯は『歩みをとめない医療技術の進歩』であった(AEAweb: JEP (6,3) p. 3 - Medical Care Costs: How Much Welfare Loss?)。
  • 夕張市の医療費が低下し始めたのは、市内で唯一病床を持っていた市立総合病院が廃院になった時期に他ならない。

 医療費高騰の原因に関しては、「改革」のための医療経済学」(兪 炳匡著)の第4章でも、同様の趣旨で詳しく論じられている。

「改革」のための医療経済学

「改革」のための医療経済学


3)死亡率が下がったというのはどういう意味か?

 死亡率に関しては明らかに説明不足である。救急を受けられない罪悪感を背に −ささえる医療:救急医療(前編)(2012年8月4日号、29〜31ページ)を読むと、この死亡率は粗死亡率でも年齢調整死亡率でもなく、SMR:Standarlized mortality ratio(標準化死亡率)であることが示されている。

 死亡率は年齢によって大きな影響を受けるため、異なった年齢構成を持つ地域別の死亡率に基づいて比較することはできない。(中略)そこで、よく使用されるのがSMR(標準化死亡比)。これは基準死亡率(人口10万対の死亡率)を対象地域にあてはめた場合、算出された期待される死亡数と実際の死亡数とを比較するもの。日本の平均は100で、それを上回った場合は死亡率が多く、下回った場合は低いと判断される。


 筆者が用いた資料は、提供統計一覧 政府統計の総合窓口 GL02100104にある「人口動態保健所・市区町村別統計」と思われる。平成20年〜24年版をみると、夕張市の死亡総数のSMRは男115.1、女110.9と全国平均を大きく上回っており、死亡率が高いことになる。経時的な変化に関し、筆者は次のように記載している。

  • 2007年以降、心疾患、肺炎などの主要急性期疾患のSMRは、脳血管疾患を除いて方針転換後でも横ばい〜低下傾向を示していた。また不慮の事故もほぼ横ばいだった。
  • 市内での初期救急・プライマリケア対応の欠如は、救急搬送時間こそ2倍に延ばしたものの、市民の急性期疾患の予後に悪影響を及ぼしていなかった。市民の「安心」はある程度損なわれたかもしれないが、真の「安全」は保たれていたのではないだろうか。
  • 因果関係は明確ではないが、予防医療が心疾患・肺炎・胃がんなどの死亡率低下に作用したのではないか。そんな思いを抱くようになった。

 最後の死亡率低下に関しては、SMRの変化を継続的に追わない限り、断定的なことはいえない。もともと不健康な地域(SMRが高い地域)だったため、予防医学の効果が顕著にあらわれたという推測も成り立つ。SMRはあくまでも他の地域との比較となる。したがって、他の地域が不健康のまま対策をとっていなければ、相対的に夕張市のSMRは下がる。また、夕張モデルへの疑問に答える(2013年2月9日号、26〜29ページ)にあるように、介護費用は増大している。このことが要介護高齢者の死亡を引き下げた可能性がある。なお、医療費+介護費の総額で見れば、明らかに1人当りの費用は確実に減額している、ということも強調されている。

 核となる医療機関(多くは自治体立病院)が明確な地方自治体の場合、夕張モデルは参考になることは間違いない。一方、フリーアクセスが保たれ、医療機関相互が争っている大都市部では別の取り組みも必要である。夕張市のように志の高い医師・従事者たちに支えられた地域だと言われるように、各々の地域の特色を生かし、工夫を積み重ねていく必要がある。

2014-08-03 日本における社会保障費事業主負担は国際的にみてきわめて低値

日本における社会保障費事業主負担は国際的にみてきわめて低値

 毎日新聞という記事が、Yahoo!Japanのトップニュースとなっていた。

【関連エントリー】


 企業の健康保険組合が財政難にあえいでいる。要因は、2008年度の後期高齢者医療制度発足時より1.5兆円増えた高齢者医療費の分担金だ。そうした状況で厚生労働省は、大企業健保にさらに負担を求めようとしている。より懐が苦しい市町村の国民健康保険(国保)の立て直しを狙ったものだが、その場しのぎの感は否めない。【佐藤丈一、中島和哉】

毎日新聞

 大企業を母体とした組合が多い健康保険組合連合会の主張そのままの記事である。健康保険組合の窮状を訴えているが、日本の社会保障費事業主負担が国際比較をするときわめて低いという事実に目をそらす恣意的な内容となっている。


 同種のキャンペーンが大手マスコミを通じて繰り返し行われている。健康保険料に関する一般紙一面報道について 定例記者会見 2014年4月16日 公益社団法人 日本医師会が本記事のような主張の反論としてわかりやすい。この資料の6ページ、社会保障財源の事業主負担の国際比較、の元資料である第6回 社会保障制度改革国民会議議事次第 平成25年3月13日 社会保障制度関係参考資料をみると、さらに興味深いことがわかる。主な比較対象は、アメリカ、イギリス、ドイツ、スウェーデン、フランスである。


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 社会保障給付全体をみると、年金だけはアメリカ以外の諸国と遜色ないが、医療とその他の給付(福祉など)はかなり低いことがわかる。


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 OECD加盟32カ国でみると、日本の国民負担率(対国民所得比)は38.3%と低水準である。日本より低いのは、スイス、韓国、アメリカ、チリ、メキシコしかない。


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 高齢化との関係をみると、比較対象の諸国はいずれも日本の左上に位置している。すなわち、日本は高齢化が進行しているにも関わらず、社会保障費が抑制されていることが本グラフで示されている。


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 社会保障費に占める事業主負担は、日本は5.7%であり、イギリス9.8%、ドイツ10.7%、フランス14.1%、スウェーデン12.2%と比較すると著しく低い。アメリカは4.6%となっているが、これにはからくりがある。


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 法人所得税と事業主社会保険料負担の国際比較(対GDP比)をみると、アメリカは6カ国中最も低いが、労働費用に占める法定・法定外福利厚生費の割合をみると、フランスに次いで第2位となる。他国と最も違うのは、法定外(医療)が11.9%を占めていることである。勤労者に対する公的医療保険がなく民間医療保険に依存していることが、本グラフで伺える。


 健康保険制度における事業主の役割に関する調査研究報告書 平成23年3月 健康保険組合連合会の115〜116ページにも、次のような記載がある。

 第 1 は、彼我の保険料負担の大きさの相違である。ドイツやフランスの社会保険料率はEU 諸国の中でも高い水準にあり、日本に比べはるかに高い。たとえば、ドイツの 2009 年の社会保険料率は 39.5%(年金 19.9%、医療保険 14.9%、介護保険 1.9%、失業保険 2.8%)であり、日本の 26.25%(年金 15.35%、医療保険[協会けんぽ]8.2%、介護保険 1.2%、雇用保険 1.5%)の約 1.5 倍であり、フランスもほぼ同じくらい高い水準にある。また、米国は国民皆保険ではないが、事業主が従業員に対する福利厚生として民間保険への保険料補助を行うのが通例であり、米国の医療費が際立って高いこともあってその金額は巨額である。もちろん、このことから日本は医療保険の料率の引上げ余力があるという安易な結論を引き出すつもりはないが、欧米主要国の保険料負担は日本に比べ大きいということは事実として押さえておく必要がある。


 日本における社会保障費事業主負担は国際的にみてきわめて低値であることを、健康保険組合連合会自体が認めている。今までが恵まれすぎていただけである。国民皆保険制度維持のため、体力がある健康保険組合が応分の負担をすることは当然のことではないかと思えてならない。