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リハ医の独白 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-08-24 幼少期という発明

幼少期という発明

 「人類進化700万年の物語」という本を読んだ。著者のチップ・ウォルターは科学ジャーナリストであり、ヒト族に分類される人類のなかで、なぜ、私たちホモ・サピエンスだけが生き残れたのかということを、最新の研究結果をふまえ、分かりやすい語り口で紹介している。


 本書のなかで最も興味深いのが、脳の発達について言及した「第2章 幼少期という発明(または、なぜ出産で痛い思いをするのか)」である。概要をメモする。


 人類は、大型でがっしりとした頑丈型と小型で細身の華奢型とに分かれて進化していた。頑丈型系統に属するパラントロプス属の人類は、大型の平たい歯と大きな顎で根茎や根をむさぼり食って生活していた。彼らはチンパンジーのような体型で脳の大きさは450ccほどに過ぎなかった。前額部から首の後ろまで太くギザギザした骨が連続しており、そこに巨大な顎と太い首につながる筋肉がつながっていた。

 一方の華奢型に属する人類として有名なのは、ホモ・ハビリスである。細身だったがいつも直立歩行をし、古代の人類よりは相当大きな950ccほどの脳を持っていた。頭部と顎の形は頑丈な親戚と異なり、彼らは肉とそれらがもたらすタンパク質を好むようになったことを示している。

 頑丈型が好む高繊維質の食物を消化するには大きな胃と長い腸が必要であり、食べること自体にエネルギーが必要だった。一方、華奢型が好む肉食では複雑な腸管は必要なく、エネルギーを大きな脳を作るのに振り向けることが可能だった。


 この問題について、「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこに行くのか」のなかで、著者の帯刀益夫は、次のような遺伝子研究の発見を述べている。


 ヒトとチンパンジーに通じる家系が分岐した後に、咀嚼筋で発現している主要なミオシン重鎖タンパク質の一種(MYTH16)をコードしている遺伝子が消失してしまった。このタンパク質の損失は個々の筋繊維と全体の咀嚼の筋肉を小さくしてしまう。この変異はおよそ240万年前に表れたと見積もられている。

 咀嚼筋の減退は、ホモ族の更新世の進化を特徴づける頭蓋の著しい拡大に役立ったのではないかと言われている。MYTH16遺伝子を不活発にする遺伝子変異が、咀嚼筋を小さくし、そのことによって頭蓋が大きくなるのを抑えていた負の制約が除かれた結果、頭蓋が大きくなり、それに伴った脳の大きさの増加をもたらした可能性がでてくる。つまり、頭蓋骨をきつく縛り上げていたひもの一本が切れたことで、頭蓋に自由度が出て、内容物の脳が大きくなる余裕ができたのである。

 古人類化石研究による解剖学的所見と遺伝子研究が強い関連を示す興味深い例である。


 「人類進化700万年の物語」の記述に戻る。

 直立歩行と大きな脳を持つ華奢型人類は、脳が未成熟の状態で子供を出産するようになった。早く生まれるという私たちの習慣は、科学者が一括して「ネオトニー」と呼ぶ不思議な現象の一部である。「ネオトニー」とは「動物の成体に幼体の特徴が保持されていること」である。私たちは類人猿の胎児のように、比較的体毛のない状態を保つ。一方、脳は誕生後も成長が減速することなく、熱心に増殖を続ける。言い換えると、かつて私たちの祖先では出生前に行われていた過程が、私たちの場合には出生後に行われるようになった。「早く」生まれることによって、私たちの若さは増幅されて長くなり、延長された幼少時代が全体に広がり続ける。進化してきた幼少時代によって非常に柔軟性のある脳の発達が可能になった。

 私たちは、大人の23%しかない重さの脳とともに世界に生まれる。生まれてから3年間に脳の大きさは3倍になり、6歳になるまでの次の3年間も成長を続け、青年期に再び大規模な再配線が行われて、20歳に達する時には大部分の発達が終了している。


 本書のなかで、著者は、グールドの「個体発生と系統発生」の記述を紹介している。


 異なる種類の進化的選択を進めるふたつのタイプの環境がある。

 一つはr選択と呼ぶもので、十分な空間と食物があり、競争がほとんどない環境で行われる。r選択では、手近に豊富にある資源をりようするために種ができるだけ素早く十分な子孫を作るように働きかける。

 もう一方のK選択は空間や資源に乏しく、危険で厳しい競争がある環境で行われる。K選択では、環境にかかるストレスとそこで生き残ろうとする生物間の競争を軽減するために種を減速させて、残す子孫を減らし、時間をかけてそれを行うように働きかける。K選択は私たちを「単胎出産の反復傾向、親が徹底的に面倒を見ること、長い寿命、成熟の遅れ、高度な社会化の傾向によって区別される哺乳類のひとつの目」とした。


 「ネオテニー」に関しては、本書の他章でもしばしば触れられている。例えば、「第7章 野獣の中の美女たち」では、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人については、次のような比較をしている。

 ネオテニーは一生を通して柔軟性のある回転の速いしなやかな脳を作り出して、ユニークな人々とユニークなアイディアを作り出した。私たちは生まれながらの学習者で、何らかの不思議な神経的錬金術で、驚きを探しむさぼり食い、それを知識に変えるように遺伝的に促されている。

 ネアンデルタール人は私たちより速く生きて若く死んだ。そのため脳の柔軟性を失う前に個人的な経験、アイディア、人格を形作る時間が少なくなった。そして柔軟性を失うに従って、彼らは子供らしさを失い、実験を行う傾向も減少した。それに従って彼らの適応性も減少しただろう。


 学習機械といえる柔軟性の高い脳を発達させ、成熟に必要な長い幼年期を「発明」したことが、現在のホモ・サピエンスの隆盛につながっているという主張である。本書では、この他に、心の理論、言語獲得、美的感覚、創造力、自我、など話題が多方面の及ぶ。人類史をたどりながら、ホモ・サピエンスという哺乳類としての自分の姿をあらためて見つめ直すことができる良書である。

2014-08-14 「病院がないほうが死亡率が下がる!」の関連資料を読んで

「病院がないほうが死亡率が下がる!」の関連資料を読んで

 病院がないほうが死亡率が下がる! 夕張市のドクターが説く、"医療崩壊"のススメ | ログミー[o_O]というエントリーが話題となっていた。刺激的なタイトルに反発を覚え、論者の根拠となっている資料がないか調べてみたところ、週刊日本医事新報 :日本医事新報社に「夕張希望の杜の軌跡」という連載記事が載っていたことがわかった。掲載誌は、2012年4月14日号、5月5日号、6月2日号、7月7日号、8月4日号、9月1日号、10月6日号、11月3日号、12月8日号、2013年1月12日号、2月9日号である。各号とも2〜4ページという読みやすい分量であり、一気に読了したところ、夕張市の財政破綻、市立病院廃院という逆境のなかで、「ささえる医療」を旗印に「医療崩壊」を起こした元都会部における地域医療のモデルを作り上げて来たことが理解できた。真摯な医療活動に頭が下がる思いがするとともに、何故にあのような反発を元エントリーで抱いたのかを考えてみた。

 一言でいうと、論者の説明不足である。一般聴衆向けには良いかもしれないが、医療関係者からすると情報量が全く少なく、いらぬ反感を招いたことはもったいない。当初、私が抱いた3つの疑問に関しても、全て医事新報内に説明の文章があった。老婆心ながら、論者に対する誤解を解くためにご紹介したい。


1)救急車の出動回数はなぜ下がったのか。

 上記の答えは、救急を受けられない罪悪感を背に −ささえる医療:救急医療(後編)(2012年9月1日号、30〜32ページ)にある。

  • 高齢化率日本一の夕張市の救急車出動回数がピーク時から半減した。
  • 「ささえる医療」は在宅医療の重要性を認識し、推進するのが基本的なスタンスである。
  • 在宅患者・施設患者の急変に24時間365日対応し、患家や施設に赴いて直接診療する。
  • 施設入所者のお看取り直前に慌てて救急車を呼ぶなどということはまずない。

2)高齢者一人あたりの医療費はなぜ下がったのか。

 これに関しては、世界の未来を照らすもの(2012年12月8日号、28〜31ページ)にある。

  • 夕張市の高齢者一人あたりの医療費が2007年度から減少に転じた。2010年度は、ピーク時(2006年度)から実に13%減となり、全国平均より10万円、北海道平均より30万円も低い医療費となった。
  • 夕張市では2007年から予防医療の取り組みを積極的に取り入れた。しかし、今回の夕張市の医療費削減の主要因であるという確証は得られなかった。
  • 実は、医療費増大の主犯格は「医療の高度化」だと言われている。
  • 「過去50年の米国の医療費を分析した結果、医療費高騰の要因と考えられていた『高齢人口の増大』や『医師数の増加』などは、実は限定的な役割しか演じていなかった。その主犯は『歩みをとめない医療技術の進歩』であった(AEAweb: JEP (6,3) p. 3 - Medical Care Costs: How Much Welfare Loss?)。
  • 夕張市の医療費が低下し始めたのは、市内で唯一病床を持っていた市立総合病院が廃院になった時期に他ならない。

 医療費高騰の原因に関しては、「改革」のための医療経済学」(兪 炳匡著)の第4章でも、同様の趣旨で詳しく論じられている。

「改革」のための医療経済学

「改革」のための医療経済学


3)死亡率が下がったというのはどういう意味か?

 死亡率に関しては明らかに説明不足である。救急を受けられない罪悪感を背に −ささえる医療:救急医療(前編)(2012年8月4日号、29〜31ページ)を読むと、この死亡率は粗死亡率でも年齢調整死亡率でもなく、SMR:Standarlized mortality ratio(標準化死亡率)であることが示されている。

 死亡率は年齢によって大きな影響を受けるため、異なった年齢構成を持つ地域別の死亡率に基づいて比較することはできない。(中略)そこで、よく使用されるのがSMR(標準化死亡比)。これは基準死亡率(人口10万対の死亡率)を対象地域にあてはめた場合、算出された期待される死亡数と実際の死亡数とを比較するもの。日本の平均は100で、それを上回った場合は死亡率が多く、下回った場合は低いと判断される。


 筆者が用いた資料は、提供統計一覧 政府統計の総合窓口 GL02100104にある「人口動態保健所・市区町村別統計」と思われる。平成20年〜24年版をみると、夕張市の死亡総数のSMRは男115.1、女110.9と全国平均を大きく上回っており、死亡率が高いことになる。経時的な変化に関し、筆者は次のように記載している。

  • 2007年以降、心疾患、肺炎などの主要急性期疾患のSMRは、脳血管疾患を除いて方針転換後でも横ばい〜低下傾向を示していた。また不慮の事故もほぼ横ばいだった。
  • 市内での初期救急・プライマリケア対応の欠如は、救急搬送時間こそ2倍に延ばしたものの、市民の急性期疾患の予後に悪影響を及ぼしていなかった。市民の「安心」はある程度損なわれたかもしれないが、真の「安全」は保たれていたのではないだろうか。
  • 因果関係は明確ではないが、予防医療が心疾患・肺炎・胃がんなどの死亡率低下に作用したのではないか。そんな思いを抱くようになった。

 最後の死亡率低下に関しては、SMRの変化を継続的に追わない限り、断定的なことはいえない。もともと不健康な地域(SMRが高い地域)だったため、予防医学の効果が顕著にあらわれたという推測も成り立つ。SMRはあくまでも他の地域との比較となる。したがって、他の地域が不健康のまま対策をとっていなければ、相対的に夕張市のSMRは下がる。また、夕張モデルへの疑問に答える(2013年2月9日号、26〜29ページ)にあるように、介護費用は増大している。このことが要介護高齢者の死亡を引き下げた可能性がある。なお、医療費+介護費の総額で見れば、明らかに1人当りの費用は確実に減額している、ということも強調されている。

 核となる医療機関(多くは自治体立病院)が明確な地方自治体の場合、夕張モデルは参考になることは間違いない。一方、フリーアクセスが保たれ、医療機関相互が争っている大都市部では別の取り組みも必要である。夕張市のように志の高い医師・従事者たちに支えられた地域だと言われるように、各々の地域の特色を生かし、工夫を積み重ねていく必要がある。

2014-08-03 日本における社会保障費事業主負担は国際的にみてきわめて低値

日本における社会保障費事業主負担は国際的にみてきわめて低値

 企業健保:財政難にあえぐ 高齢者医療費の負担増重く - 毎日新聞という記事が、Yahoo!Japanのトップニュースとなっていた。

【関連エントリー】


 企業の健康保険組合が財政難にあえいでいる。要因は、2008年度の後期高齢者医療制度発足時より1.5兆円増えた高齢者医療費の分担金だ。そうした状況で厚生労働省は、大企業健保にさらに負担を求めようとしている。より懐が苦しい市町村の国民健康保険(国保)の立て直しを狙ったものだが、その場しのぎの感は否めない。【佐藤丈一、中島和哉】

企業健保:財政難にあえぐ 高齢者医療費の負担増重く - 毎日新聞

 大企業を母体とした組合が多い健康保険組合連合会の主張そのままの記事である。健康保険組合の窮状を訴えているが、日本の社会保障費事業主負担が国際比較をするときわめて低いという事実に目をそらす恣意的な内容となっている。


 同種のキャンペーンが大手マスコミを通じて繰り返し行われている。健康保険料に関する一般紙一面報道について 定例記者会見 2014年4月16日 公益社団法人 日本医師会が本記事のような主張の反論としてわかりやすい。この資料の6ページ、社会保障財源の事業主負担の国際比較、の元資料である第6回 社会保障制度改革国民会議議事次第 平成25年3月13日 社会保障制度関係参考資料をみると、さらに興味深いことがわかる。主な比較対象は、アメリカ、イギリス、ドイツ、スウェーデン、フランスである。


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 社会保障給付全体をみると、年金だけはアメリカ以外の諸国と遜色ないが、医療とその他の給付(福祉など)はかなり低いことがわかる。


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 OECD加盟32カ国でみると、日本の国民負担率(対国民所得比)は38.3%と低水準である。日本より低いのは、スイス、韓国、アメリカ、チリ、メキシコしかない。


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 高齢化との関係をみると、比較対象の諸国はいずれも日本の左上に位置している。すなわち、日本は高齢化が進行しているにも関わらず、社会保障費が抑制されていることが本グラフで示されている。


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 社会保障費に占める事業主負担は、日本は5.7%であり、イギリス9.8%、ドイツ10.7%、フランス14.1%、スウェーデン12.2%と比較すると著しく低い。アメリカは4.6%となっているが、これにはからくりがある。


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 法人所得税と事業主社会保険料負担の国際比較(対GDP比)をみると、アメリカは6カ国中最も低いが、労働費用に占める法定・法定外福利厚生費の割合をみると、フランスに次いで第2位となる。他国と最も違うのは、法定外(医療)が11.9%を占めていることである。勤労者に対する公的医療保険がなく民間医療保険に依存していることが、本グラフで伺える。


 健康保険制度における事業主の役割に関する調査研究報告書 平成23年3月 健康保険組合連合会の115〜116ページにも、次のような記載がある。

 第 1 は、彼我の保険料負担の大きさの相違である。ドイツやフランスの社会保険料率はEU 諸国の中でも高い水準にあり、日本に比べはるかに高い。たとえば、ドイツの 2009 年の社会保険料率は 39.5%(年金 19.9%、医療保険 14.9%、介護保険 1.9%、失業保険 2.8%)であり、日本の 26.25%(年金 15.35%、医療保険[協会けんぽ]8.2%、介護保険 1.2%、雇用保険 1.5%)の約 1.5 倍であり、フランスもほぼ同じくらい高い水準にある。また、米国は国民皆保険ではないが、事業主が従業員に対する福利厚生として民間保険への保険料補助を行うのが通例であり、米国の医療費が際立って高いこともあってその金額は巨額である。もちろん、このことから日本は医療保険の料率の引上げ余力があるという安易な結論を引き出すつもりはないが、欧米主要国の保険料負担は日本に比べ大きいということは事実として押さえておく必要がある。


 日本における社会保障費事業主負担は国際的にみてきわめて低値であることを、健康保険組合連合会自体が認めている。今までが恵まれすぎていただけである。国民皆保険制度維持のため、体力がある健康保険組合が応分の負担をすることは当然のことではないかと思えてならない。

2014-07-19 要介護要因のなかで脳血管障害の割合が2割を切る

要介護要因のなかで脳血管障害の割合が2割を切る

 2014年7月15日、平成25年 国民生活基礎調査の概況が公表された。本調査では、3年に1回、要介護者の状況が報告される。この間、一環して要介護要因の第1位は脳血管障害だったが、ついにその割合が2割を切った。


【関連エントリー】


 国民生活基礎調査|厚生労働省の中にある平成25年、22年、19年、16年、そして、13年のデータを用いて、介護が必要となった主な原因の構成割合を作成してみると、下表のようになる。

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 脳血管障害、認知症、骨折・転倒、関節疾患、高齢による衰弱が10%を超えているのに対し、その他の要因はいずれも5%以下にとどまっている。今後の介護予防対策を図るうえで、この5大要因の重要性は全く変わっていない。

 要介護5大要因中、脳血管障害の割合は一貫して低下している。2013年には18.5%とついに2割を切り、12年前の2001年と比し9.2%の大幅減となった。第2位認知症との差はわずかに2.7%である。このペースでいくと、次回2016年調査では両者の逆転もありうる。

 骨折・転倒と関節疾患は10%強で大きな変化はない。両者を合計すると22.7%となり、ついに脳血管障害を超えてしまった。このような状況をふまえ、新概念「ロコモ(運動器症候群)」|公益社団法人 日本整形外科学会のキャンペーンが行われている。

 高齢による衰弱は13%台で大きな変化はない。なお、2001年、2004年には16%台だったが、認知症に関する認識の高まりとともに一部が認知症と診断されるようになったため、その割合が減少したのではないかと考えられる。


 要介護度別の構成割合をみると、5大要因の特徴がみえてくる。

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 脳血管障害は、要介護3以上の重度者のなかでの割合が高い。認知症も、要介護1以上で割合が高い。一方、骨折・転倒、関節疾患、高齢による衰弱は軽度者の方で比率が高い。他の要因でみると、心疾患は軽度群に多く、パーキンソン病は最重度群に多い傾向がある。


 脳血管障害の割合低下に関して、最も関係しているのは要介護者の年齢構成変化である。

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 上図をみると、要介護者は次第に高齢層にシフトしていることがわかる。生活習慣病予防が進み、若年で脳血管障害になる者が減った一方、高齢で要介護の原因となる認知症の割合が増えたことが両者の構成比が接近した原因であると私は推測している。


 高齢化進行とともに、要介護者数も急増する。要介護となる主要要因をみると、何らかの形でリハビリテーション医療が関わらざるをえないものばかりである。介護予防対策の最前線にリハビリテーション関係者は立っている。

2014-06-25 「悪意の情報」や「ダメな科学」を見破る大まかな指針

「悪意の情報」や「ダメな科学」を見破る大まかな指針

 科学的な装いをもった「デタラメ」な情報が飛び交っている。マスメディアの影響力は大きい。識者の意見で権威づけながら、あらかじめ描いていたストーリーに従って強引に結論に持っていくような番組、報道、雑誌が幅をきかせている。

 インターネットで情報を収集する際も、使い方を誤ると、偏った情報だけ集め思い込みの呪縛から抜け出せなくなることがある。まかり間違うと、偏見や差別の要因ともなりうる。


 問題ある情報に惑わされないためには、科学的なものの考え方、素養、リテラシーが必要となる。「悪意の情報」を見破る方法という本は、日常生活に影響を及ぼす科学関連の問題を理解するための方法論を一般読者向けにまとめたものである。



 「悪意の情報」を見破る方法とほぼ同趣旨のものとして、「ダメな科学」を見分けるための大まかな指針」のポスター - うさうさメモとして公開された。クリエイティブ・コモンズ・ライセンスで公開されたポスターの日本語バージョンで、「せっかく作ったので、広めてくださいね」とあるので、紹介させていただく。なお、本エントリー名は、「悪意の情報」を見破る方法と「ダメな科学」を見分けるための大まかな指針を足して2で割った安易なものである。


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 「悪意の情報」を見破る方法の章をもとに、特に重要と思う部分に関し以下にまとめた。


第1章 よくある科学への思い込み

 科学はつねに発展途上にある。研究結果の解釈について科学者たちの意見が分かれるのは当然である。しかし、メディアも含めた利害関係者は、科学者たちの意見が分かれていることを隠し、ものごとを単純化しようとしたり、逆に、大多数の科学者の見解が一致しているときに、科学界が真っ二つに割れているような幻想を作り出す。

 時代を先取りした考えが見過ごされてしまった例は、確かに歴史上存在するが、隠れた天才などめったにいない。査読は、科学的発展の鍵を握る重要なステップであり、査読をへていないものは、健全な批判精神をもって扱うべきである。この部分は、「ダメな科学」ポスターの「12.ジャーナルと引用数」でも言及されている。


第2章 利害と科学情報の関係性

 「ダメな科学」ポスターに紹介されている「3. 利益相反」の問題を取り上げている。企業がらみの研究では、個人的または金銭的な利益のために、研究内容が偽って伝えられることもある。ただし、利益相反(企業との癒着による情報の歪み)だけを問題とはしていない。自分のものの見方を相手に確信させようとする傾向があることをふまえ、どのような立場から情報を発信しているかを確認することの重要性も本章では指摘している。


第5章 偶然と因果関係との境界線

 「ダメな科学」ポスターの「4.相関関係と因果関係の混同」、「8.対照群がない」、「9.盲検試験が行われていない」に相当する。複雑な問題の場合には、複数の原因が絡みあっている。このような場合、因果関係に影響を及ぼす要因を交絡因子の検討が不可欠である。介入研究時に隠れた交絡因子を含めその調整に威力を及ぼすのが、無作為化試験であり、実験群と対照群で比較する時に研究対象となる因子以外を一括して統制することができる。二重盲検を加えると、観察者者バイアスも除外することができる。二重盲検無作為化試験は介入研究のゴールドスタンダードとなっている。

 実験的研究を行えない場合もある。その場合、様々な種類の研究を組み合わせ、同じ結果を示唆するデータが得られないかどうかを検討する。原因と結果を結びつけるメカニズムが説明できるかどうかも問題となる。


第6章 特殊か普遍か

 「ダメな科学」ポスターの「11.結果に再現性がない」に相当する。ある状況下で得られた研究結果は、他の状況には当てはまらないことが多い。途方もない主張には、それ相応の証拠が求められる。1つの研究だけでは、まったく不十分である。


第7章 数字のトリック

 統計数字のトリックについて述べた部分である。「ダメな科学」ポスターの「6.小さすぎるサンプルサイズ」、「7.代表的でないサンプル」が該当する。特に、選択バイアスの存在に注意する。母集団の選択の仕方で結果は異なる。研究対象となった集団が大きかったり、わずかの差を検出できるような指標を用いれば、結果が有意となることにも注意をする。


第9章 情報の落とし穴

 本章では、人間の思考プロセスの問題点が紹介されている。因果関係を早合点してしまう。過度に一般化したがる。自分の信念を裏づける話には耳を傾け、それを覆す話には耳をふさいでしまう(確証バイアス)。論理を無視し、感情や直感で反応してしまう。「ダメな科学」ポスターの「1.扇情的な見出し」、「2.結果の曲解」、「5.推測表現」、「10.結果のいいとこ取り」などが相当する。


 私自身は、EBMの勉強をするなかで、上記考え方に慣れ親しんできた。権威のある専門家の意見より、研究手法に着目して結果を把握するようにしている。新しい医学教育を受けた世代は概ね同様の傾向があるように思える。ただし、全ての医師がそうではない。権威ある肩書きを持ちながら、「トンでもない」情報を流し続ける者もいる。

 科学情報の良否を判定する力量を身につけるうえで、「悪意の情報」を見破る方法も、「ダメな科学」を見分けるための大まかな指針は役に立つ。自らの認知バイアスを自覚し修正する態度を持ち続けたいと自戒している。