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リハ医の独白 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-01-03 未知性が偏見や差別を引き起こす理由

未知性が偏見や差別を引き起こす理由

 先日のエントリーで「未知の漠然とした不安が、偏見や差別を引き起こす」ことを指摘した。このことに関し、少し掘り下げてみる。

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 偏見や差別は、心の二重過程理論における「自律的システム」によって生じる認知バイアスに関係している。リスク認知バイアスの進化心理学的な解釈(小松秀徳ほか)の要約に次のような記載がある。

このリスク認知バイアスの多くは、人間が持つヒューリスティクス(直観)に起因するものと考えられる。進化心理学では、ヒューリスティクスを含む、現在の人類が持つ一般的な心理的傾向は、我々の先祖が石器時代の環境に適応した結果得られたものと考えられている。このような進化心理学的な解釈に基づき、ヒューリスティクスのみに頼っていると発生してしまうリスク認知バイアスについて、その発生起源を理解し、さらに熟慮によってリスク認知バイアスを解消する制度・組織を確立し、より合理的な意思決定を可能とすることが期待される。


 本文の方では、Slovicの研究をまず紹介している。リスク認知バイアスを因子分析にかけ、恐ろしさ(Dread risk)と未知性(Unknown risk)の2つの因子にまとめられることを示している*1。なお、筆者は、先行研究をふまえて作成されたCovello によるリスク認知バイアスのリストの方を用いて、議論を行っている。このなかで、「なじみ」と「理解」に関しては、次のような説明を行っている。

 「なじみ」と「理解」は、進化心理学の一般的な説であるエラーマネジメント理論(Haselton, 2000)に基づいて解釈可能と考えられる。エラーマネジメント理論とは、対象物が危険であるかどうかが不確実である場合、実際には危険であるものを危険でないと間違えるより、危険でないものを危険であると間違える方が生存上有利であったため、リスク忌避的な判断を下す性向が進化した、という理論である。例えば石器時代では、ただの木の枝を蛇と間違える方が、蛇を木の枝と間違えるより、生き延びる確率は高かっただろう。「なじみ」がない、あるいは「理解」できないという状態は、対象物が危険であるかどうかが不確実である状態に対応し、エラーマネジメント理論と整合すると考えられる。反対に、対象に「なじみ」がある、または対象を「理解している」場合は、リスク忌避的に振舞う必要はない。このように、「なじみ」と「理解」は、個人の適応度管理の問題に帰着できると考えられる。


 未知性が恐怖を増大させる。外国人恐怖症xenophobiaという言葉がある。狩猟採集生活では、人間関係は血縁関係の小集団に限られている。それ以外の人間は敵対関係にあると直感的に判断した方が適当である。肌の色や言葉が異なる他者に嫌悪感を抱き、近寄ること自体が拒絶される。攘夷思想は、日本特有のものではない。

 血縁関係の集団は最大でも150人程度までと言われている。この数値をダンバー数、この集団を氏族(クラン)と表現する。古くからの狩猟採集生活を行う氏族同士は、お互いのことをほとんど知らず、空間的にも心理的にも距離が大きい。隔絶された集団同士が、やむをえず、距離感を縮めざるをえない状況になった時、先入観が偏見をともなって大きくなり、軋轢が増幅し、争いごとの原因となる。

 未知の他者との接触を意識的に心がけ、類似点や相違点を理解する機会を増やすことが恐怖心をやわらげることになるが、慎重な対応が必要である。そこで、仲介役という重要な役割を務めるのが対象者に日常ふだんに接している専門家である。障害者差別の問題を考える時に、その役目を果たすのは、職業的代弁者である医療関係者となる。

 知らないことは恐怖を生み、恐怖は差別の誘因となる。差別はいろいろな原因で生まれるが、未知性と恐怖のサイクルが重要な位置を占めていることを忘れてはならないと思う。

2015-01-02 障害者の社会復帰政策と施設コンフリクト

障害者の社会復帰政策と施設コンフリクト

 わかりあえたら:不寛容時代に/1 住民、漠たる不安 住宅街の障害者ホーム建設 「暮らし壊される」、過熱した反対運動 - 毎日新聞という障害者差別について考えさせられる記事があった。

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 集会所の置き時計がむなしく時を刻んでいた。2014年3月30日、川崎市北部の住宅街に移転を計画する精神障害者のグループホームと、約20人の地区住民の話し合いは平行線のまま、3時間がたとうとしていた。


(中略)


 同じ町内の老朽化した一軒家から1キロ離れた新築アパートへ移る予定で、工事は終わりかけていた。だが、話し合いからまもなく、さらに大きなショックが待っていた。工事業者から連絡を受け、駆けつけた青野さんの目に飛び込んだのは、10本近いのぼりと横断幕だった。「精神障害者 大量入居 絶対反対」。夕闇の中、赤い文字が揺らめいていた。


 障害者施設をめぐっては各地でトラブルが起きている。障害者ホームの設置に“壁”|特集まるごと|NHKニュース おはよう日本では、このような事例を「施設コンフリクト」という用語で紹介し、その実態を次のように示している。

井上記者

「そうなんです、こうした反対運動のことを『施設コンフリクト』と言うんですが、NHKが全国の自治体に聞いたところ、この5年間でこうした反対運動が、少なくとも58件発生していたということなんです。

そして、障害がある人の家族会にも聞いたところ、その発生件数は60件に上るということでしたので、つまりどちらに聞いても、60件程度は発生しているとみられるんです。」


近田

「双方から聞いた数字から、だいたい60件ぐらいと。」


井上記者

「そうなんです。 この60件のうち、設置を断念したり、予定地を変更したりしたケースは36件に上っていたんです。 研究者は、こうした反対運動には一定の傾向があると指摘しています。」


大阪市立大学 野村恭代准教授

「古くからの住宅街ではなくて、どちらかというと新興住宅街で多く、“施設コンフリクト”が確認されている。障害者にこれまで接する機会が無かった方々が非常に多いので、どうしても障害者が怖いのではないかと判断される傾向が強い。」


 施設コンフリクトに関しては、大阪市立大学 大学院 生活科学研究科・生活科学部、研究だより VOL17 :施設コンフリクトとリスクコミュニケーション(人間福祉学科 准教授 野村 恭代)に詳しく記載されている。この文章内に次のような記述がある。

「施設コンフリクト」とは、いわゆる「迷惑施設」に対する地域住民と施設建設者側との紛争や闘争等を表す言葉です。迷惑施設にはさまざまなものがあります。近年、問題となっている原子力発電所や米軍基地なども迷惑施設として認識される場合が多くあります。ごみ処理場や火葬場などに対しても、地域住民からの反対運動等が起こることは多々あります。また、社会福祉施設に対しても、施設コンフリクトが起こることがあるのです。


 迷惑施設に関わる反対運動のことを、NIMBYと表現することがある。NIMBYとは、理念としては必要だが、我が家の裏庭にはお断り(Not In My Back Yard)という意味である。NIMBY 研究の動向と課題(鈴木晃志郎)では、マネジメントの視座からNIMBYが取り上げられるようになった背景として、エコロジーの台頭と、障害者の社会復帰政策があるということを述べたうえで、後者に関しては、次のような指摘をしている。

スティグマは(1)傷跡、肥満などの外的な徴、(2)アルコ ール中毒や薬物依存などの個人的性向による逸脱、(3)民族、国家、宗教などの差異に基づく集団的スティグマの 3 つに大別され、Link and Phelan (2001)によれば、社会的弱者の立場に置かれた人々は、(1)区別と差異によるラベル貼り、(2)優占的な立場の文化的信条による、逆の属性に対しての結びつけ、(3)結びつけられた人々に対する差異化、(4)差異化によってもたらされる不平等な状況の創出(地位喪失や差別の感覚)の4 つの段階を経て差別化される。社会はこうした烙印づけにより、逸脱行動を周知せしめることにより成員にそれを抑制させる機能を持っているというのである(ゴッフマン 2001)。


(中略)


NIMBY 現象は「社会空間的スティグマ化」(Strike et al. 2004: p. 271)の過程と解釈され、NIMBY を引き起こすのは、社会的弱者を排斥できる立場にいるその他大勢の「ノーマルな」関係者である。

脱施設化にともなって NIMBY 現象が起きることは以前からも知られていた。1896 年のニューヨークで、犯罪者の社会復帰支援施設(希望の館)の立地に対して起こった反対運動は、その好例である(Welty 1961)。

この研究領域は迷惑施設のみならず、そこに収容される人への NIMBY を含むため、前述したスティグマ論と論点が重度に重なる。


 施設コンフリクトとNIMBY現象はほぼ同様の課題を扱っていることがわかる。どちらの用語がより適切かということになるが、NIMBYに反対住民を揶揄する響きがあることを考慮すると、施設コンフリクトの方がより望ましいように思える。いずれにせよ、ノーマライゼーションを推進し障害者の社会復帰を進めるうえで、この課題は避けては通れない。


 施設コンフリクトに関する文献的研究については、施設コンフリクト研究の課題 野村恭代により詳しく記載されている。このなかで、障害者施設でのコンフリクトを解消するためには、障害者や施設への理解を求めることが重要であるという「理解重視アプローチ」を展開する必要性を強調したうえで、合意形成のために必要な要因をいくつか指摘している。そのなかで、私がより重要なものと感じているのが、接触体験と地元有力者や信頼できる第三者の介入の2つである。


 未知の漠然とした不安が、偏見や差別を引き起こす。かつては、認知症高齢者施設も同様の問題を生じていた。しかし、高齢化の進行に伴い、むしろ、家族の居住地近くに施設があることが望まれるようになり、トラブルが表面化することは減っているように思える。この背景には、認知症患者が増えその実態が理解されるようになったことがある。一方、知的障害者・精神障害者施設は、未だに施設コンフリクトが生じ続けている。先行研究をみても、実際に障害者と接し理解を深めていくことがもっとも基本的で重要な手段であることが強調されている。

 地元有力者や信頼できる専門家が第三者として介入することも、施設コンフリクトを未然に防ぐことやトラブルの解決への道筋をつける。心理学の世界で、しばしば取り上げられる「権威」の利用が、この問題でも効果的である。逆に、「権威」あるものが、反対運動の中枢を担うと対立は先鋭化する。冒頭にあげた記事では、地元の小児科院長である女性医師が主導的な役割を果たしたことが指摘されている*1。医師という権威を利用して、精神障害者に対する偏見や差別を助長したことを考えると、この女性医師の対応には大きな疑問を持つ。


 未知を既知に変えていくためにも、「権威」として施設居住者と地域住民との橋渡しをするうえでも、医師をはじめとした医療関係者の役割は大きい。障害者が同じ街に暮らしていることが当たり前の世の中になっていくことを心から願いたい。


福の神になった少年―仙台四郎の物語

福の神になった少年―仙台四郎の物語

 今日から、仙台は初売りである。

2014-12-28 親族間の殺人は減少、介護殺人への対策が重要

親族間の殺人は減少、介護殺人への対策が重要

 家族同士の殺し合いが増加 昨年の殺人事件は親族間が53.5%│NEWSポストセブンという刺激的なタイトルの記事があった。

 殺人事件は戦後、1950年代から減少し続け、1990年代以降は1100〜1250件程度とほぼ横ばいで推移、2009年以降はさらに減って1000件以下となった(いずれも検挙件数。警察庁の統計による)。高度経済成長で暮らしが豊かになるのに伴い減少し、その件数に大きな変動がないことがわかる。


 しかし、親子、兄弟、配偶者同士など「親族間」の殺人に目を転じると、事情は異なる。2003年までの過去25年、親族間の殺人は検挙件数全体の40%前後で推移してきたが、2004年に45.5%に上昇。以後の10年間でさらに10ポイント近く上昇し、2012年、2013年には53.5%まで増加した。


 殺人事件(数)全体は減少しているが、親族間の殺人(率)は上昇しているという記載の仕方である。前者と後者の単位が異なっており、親族間の殺人が増加しているという印象操作がなされている。しかし、親族間の殺人率ではなく、殺人数が増えていないと、「家族同士の殺し合いが増加」というタイトルにそぐわない。


 法務省:研究部報告50、無差別殺傷事犯に関する研究、第2章 殺人事件の動向の6ページに以下のような図がある。

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 本図を見ると、日本では、殺人認知件数は長期低落傾向にあることがわかる。図録▽他殺率の推移(国際比較)をみても、日本は一貫して他殺率が低下してきており、先進諸国のなかでも低いレベルにあることがわかる。


 法務省研究部資料の8ページに、被疑者と被害者との関係別検挙件数・面識率・親族率の推移の図がある。

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 この図をみると、親族関係数は平成16年頃をピークに減少しているが、親族以外の面識ある者の数が急速に低下しているため、殺人の親族率が上がっていることがわかる。


 さらに、同資料の9ページにある下の表をみると、親族間の殺人の動機では、介護・養育疲れが71名中19名となっている。心中企図5名も含めると、親族間殺人の1/4〜1/3が介護・養育問題であることが示唆される。

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 最新の警察庁資料、平成25年の犯罪情勢の9ページにある表を一部抜粋したのが、下表である。

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 親族間の殺人事件検挙件数は、平成16年の557名から平成25年の459名へと大きく減少しているが、全体の件数が減少しているため、率としては45.5%から53.5%へと伸びていることがわかる。


 介護殺人の現状から見出せる介護者支援の課題(日本福祉大学 湯原悦子)の要旨には、次のような記載がある。

 警察庁も 2007 年以降, 犯罪の直接の動機・原因が 「介護・看病 疲れ」 の事件数を公表している. 2000 年に介護保険が導入されて以降, 介護サービス の充実が目指されているが, これらの調査によれば, 親族による, 介護をめぐって発生 した高齢者の殺害や心中の事件が顕著に減少したという傾向は見られない.


 介護殺人の実態については、下記記載がある。


1)厚生労働省による調査(高齢者虐待防止 |厚生労働省によるもの)

 2011 年 5 月現在, 2006 年度から 2009 年度までの 4 年間の集計結果が公表されており, 事件数および被害者数は, 2006年度は31件32人, 2007年度は27件27人, 2008年度は24件24人, 2009 年度は 31 件 32 人であった.

 事件形態としては 「養護者による被養護者の殺人および心中」60 件 (62 人), 「養護者の介護 等放棄による被養護者の致死」 28 件 (28 人), 「養護者の虐待 (介護等放棄を除く) による被養護者の致死」 16 件 (16 人), 「その他」 6 件 (6 人) であった.


2)警察庁による調査

 警察庁が毎年公表している犯罪統計では, 『平成 19 年の犯罪』以降, 犯罪の直接の動機・原因 が 「介護・看病疲れ」であるものの事件数が示されるようになった. 2007 年には殺人が 30 件, 傷害致死が 2 件, 2008 年には殺人が 46 件, 傷害致死が 5 件, 2009 年には殺人が 17 件, 傷害致 死が 0 件生じている. ただしこの統計には年齢区分がなく, 被害者の年齢を確認することはできない.


 その他、本研究では、新聞記事や判例分析をもとにした調査がなされている。いずれの調査においても、毎年30件前後の介護殺人が起こっていることが示唆されている。さらに、介護殺人の実態を把握し、防止策を検討するために何をすべきかを考察している。


 最初に紹介した記事に戻る。ここでは、次のような記載がされている。

「超高齢化による老老介護」や「長引く不況による経済的困窮」などが背景にあるとされているが、影山任佐(じんすけ)東京工業大学名誉教授(犯罪精神病理学)はもっと根元的な問題だと解説する。


「そもそも家族は他人よりも圧倒的に近い距離にいるため、『なぜわかってくれないのか』と不満を抱きやすい相手。根本にある依存心、甘えが満たされなかったとき、不満が他人相手より増大しやすい」


 少なく見積もっても、親族間の殺人のうち介護殺人は年間30件、率にして最低7、8%となる。親族間の殺人自体が減少傾向にあること、高齢社会において介護殺人が深刻な問題となっていることには、ほとんど言及しておらず、誤解を招く表現となっている。来年度以降、軽度認定者の介護保険はずし、自己負担割合増大、介護報酬引下げなどが目白押しとなっており、介護殺人という悲劇が繰り返される危惧がある。依存心、甘えに主な論点を置く本記事の内容に違和感を覚える。


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 介護殺人を焦点に当てたミステリー「半落ち」。命の大切さを問うている。

2014-12-24 友達の数は何人?ダンバー数とつながりの進化心理学

友達の数は何人?ダンバー数とつながりの進化心理学

 ネットを見ていたら、人間心理学。人間はこういう風にできているということがわかる、25の心理学的事実 : カラパイアというエントリーが人気となっていた。

 25の心理学的事実それぞれ興味をひくものばかりだが、そのなかで、NO.2にあげられている「友人の数には限界がある」については、あまり知られていない。次のような記述がされている。

 あなたにはフェイスブックで4000人も友人がいるかもしれないが、実際にはそんなにたくさんの友人、特に親しい友人はもつことはできないのが厳しい現実だ。心理学者や人類学者によると、ひとりの人間が親しくつながっていられる最大数は50人から150人程度だという。


 親しくつながっていられる友達の数の上限のことを、ダンバー数と言い、進化心理学の世界ではたびたび言及される重要な概念となっている。進化人類学教授のロビン・ダンバーに由来する。以下のような一般向けの書物もある。


 本書のPart 1と2は、ヒトとヒトとのつながり、つながりを生むもの、という題になっており、生物種としてのホモ・サピエンスの特徴について、進化心理学の知見を用い、分かりやすく説明している。興味深い内容を抜き出してみた。なお、矢印以降は、私のメモである。


# 脳の大きさと一雌一雄関係

 脳は、一雌一雄関係を保つことに一番「頭をつかって」いる。鳥類でも哺乳類でも体格のわりに脳が大きい種は一雌一雄関だ。浮気好きな種の脳は小さい。ダメそうな相手を見抜くために、コストを投じて脳を大きく発達させた。

 母親由来の遺伝子がないラットは脳の新皮質が発達しない。一方、父親由来の遺伝子がないと大脳辺縁系が発達しない。これを「遺伝子刷り込み」という。霊長類でも同様である。メス同士の関係を円滑にするために、複雑な社会のなかで地道な交渉を積み重ねる必要がある。新皮質は社会的スキルを司る。一方、オスは生殖に優位になるように闘争意欲を生みだす大脳辺縁系が発達する。

→ 脳が大きくなったのは、男女関係のもめごとを解決するためという説である。


# 社会的知性説

 霊長類の複雑な社会が脳の発達を促したという説がある。これを社会的知性説、あるいは、マキアヴェリ的知性説という。集団のサイズと脳の新皮質との間には強い相関関係がある。人間の場合は、この数は150人となる。これをダンバー数と呼ぶ。

 狩猟・採集社会の集団は、30人ほどの小集団と、500人〜2500人の部族との間に、150人ほどの氏族がある。氏族の大きさは詳しい人口調査が行われた約20の部族社会でほぼ同様だった。

 文明化が進んだ社会でも150人まではひとりひとりの顔がわかるレベルで仕事が回る。それ以上になると、序列構造を導入しないと仕事の効率が落ちる。

 ハイテク素材のゴア・テックスの工場は従業員150人を基本としている。ビル・ゴアは、生産量を拡大する時に、既存の製造設備を拡大するのではなく、工場を新設する道を選んだ。

 軍隊の編成をするにもこのルールが生きている。中隊規模は130~150人となっている。

 「戦術的欺き」という現象が霊長類で認められる。相手の表面的な行動に対応するのではなく、相手の心理状態まで理解して行動する。複雑な関係を維持し、人間関係を活用する上限がダンバー数である。

→ 互恵的利他性と社会的知性説という重要な概念がここで説明されている。人間は集団を作り、お互いに助け合って生きている。しかし、只乗りをしようとするものが出て来ると問題を生じる。そのために、裏切り者検知器の向上が必要となり、脳の発達を促した、という説である。なお、無限繰返し型囚人のジレンマにおけるゲーム戦略に関する分かりやすい説明が、半沢直樹の戦略と派閥撲滅の秘策を考察する - ZDNet Japanに記載されているので、一読をお勧めする。


# ネットワークは3の倍数で増える。

 社会的ネットワークは3の倍数で構成される。親密な関係は3〜5人である。その回りに10人、さらにその外側に30人がいる。150人の同心円はその外側になる。

→ 組織の大きさに関する説明として、示唆に富んでいる。


# 共同体意識と血縁関係

 共同体意識の核になるのが血縁関係である。血縁の結びつきのなかにいると、強い安心感と満足感が得られるので、運命の波にさらされても乗りこえていける。方言は共同体の会員証である。

 動物でも血縁関係は大きな意味をもつ。共通の祖先に由来する遺伝子をたくさん共有する個体同士は、遺伝的な利害関係が強い。だから、ほかの条件がすべて同じなら、血縁が近い者同士は利他的な行動をとる可能性が高い。これを「ハミルトンの法則」という。

→ 移動手段が限られていた時代、人間関係はほぼ血縁集団に限られていた。このような村社会では助け合い活動が盛んになる。しかし、集団の利益と反する行動をした場合には、攻撃の対象となり、村八分という悲惨な運命が待っている。注意すべきは、利他的な行動が共同体のなかで限られていることである。利害関係が相反する隣接する共同体との仲は、通常は不良であり、争いごとの元になる。


# 親密さのもと(ふれあい、笑い、音楽)

 触れ合いは人間にとっても大事である。サルや類人猿が多くの時間を割く毛づくろいと同じである。皮膚を指先で刺激すると脳内にエンドルフィンが放出され、慢性の痛みをやわらげる効果がある。

 オキシトシンは他者を信じて報酬を分け合おうという意欲を高める。「逃走/闘争」本能には、エピネフリンが関わっている。こうした化学物質は、周囲に何からの変化が起きた時、神経ネットワークが反応できる環境を整える。

 エンドルフィンの分泌を促すのに一番効果的なのは笑うことである。笑うと痛覚閾値が大幅に上がる。

 音楽は異性をひきつける効果がある。クジャクの尾羽と同じ役割である。オスの尾羽は大きく発達しすぎて身軽に飛べないし、敵にも襲われやすい。しかし、メスを惹きつけ、子孫を残すことができる(性淘汰)。同時に、音楽は感情をかきたて、エンドルフィン放出の引き金にもなり、幸福感、満足感をもたらす。社会的な結びつきのプロセスで重要な役割を果たしている。

→ 親密さを増す手段としての、スキンシップ、音楽、笑いの効用を述べている。


# 言葉は遠隔の毛づくろい

 わざわざ話しかけるのは、相手に関心があることを示している。言葉があれば、情報交換という次のステップに進める。人づきあいがらみの知識の範囲が格段に広くなる。

 男女の好む話題は大きく異なる。女たちの会話は社会的ネットワークのためにある。複雑な人間関係を構築し、維持していくことが目的である。一方、男の会話は自己宣伝が目的である。

 母親が赤ちゃんに聞かせる歌うような語りかけこそが言葉の起源ではないかと思われる。脳の容量が増え、出産パターンが大きく変化した結果、手がかかる新生児期が長くなった。母親ことばは音楽の前身、さらに言うならば音楽と言葉の間の踏み石だったかもしれない。女同士のつながりが言葉を発達させた。ゴシップ記事が好まれ、うわさ話が会話のほとんどを占める理由も説明がつく。言葉があれば、人をタイプ別に分類でき、人間関係のネットワークを拡大することに役立つ。

 世界中の人間がはるか昔から物語を話し、物語を愛してきた。物語を話すなかで、帰属意識が強まる。知識を共有し、仲間意識が生まれる。たき火を囲みながら語られる物語は聞く者を夢中にさせ、語り手が聴衆の感情を意のままに操ることができるようになる。

→ 人間は言葉という手段を手にすることによって、より一層親密さを増すことができるようになった。なお、女性がゴシップ好きなのは仕方がないこととあきらめなければならない。


 人間は狩猟採集社会に適した脳の構造を持っているというのが、進化心理学の基本的な概念である。移動や情報収集能力が格段に上がり、過去とは比べものにならないほど複雑な社会に生きている人間にとって、自らの心の癖に気づき、意識的に修正していくことが求められている。その意味で、進化心理学的知見は示唆に富むものが多いと私は感じている。

 

2014-11-23 無料低額診療施設の増加

無料低額診療施設の増加

 病院代の自己負担払えぬ人急増 年延べ700万人が減免:朝日新聞デジタルという記事で、無料低額診療制度が取り上げられていた。

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 病気になっても治療代が払えず、病院窓口で払う自己負担分の治療代を無料にしたり安くしたりする病院にかけこむ人がいる。普通の診療とはちがう「無料低額診療」という仕組みだ。患者数は年間で延べ700万人を超え、ここ数年で延べ100万人近く増えた。年をとって病気になったり失業で収入が途絶えたりして、医療を受けにくくなった人たちが増えている。

病院代の自己負担払えぬ人急増 年延べ700万人が減免:朝日新聞デジタル

 本記事で特に気になったのは、次の部分である。

 全国の年間患者数は全体で延べ10億人近い。厚生労働省の調べでは、このうち無料低額診療は12年度に延べ約706万人いて、09年度より延べ約90万人増えた。無料低額診療をする医療機関も339施設から558施設に増えた。


 無料低額診療事業について/社会・援護局総務課/平成20年1月21日 第4回医療機関の未収金問題に関する検討会資料に、無料低額診療事業の実績の推移に関するデータがある。施設数は260施設前後で横ばいであり、取扱い患者総数はむしろ低下している。

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 無料低額診療事業に関する最近の資料がないかどうかを調べてみたところ、平成24年社会福祉施設等調査の概況|厚生労働省概況の16ページに無料低額診療事業施設数の推移が記されていた。ちょうど上記資料の次の年である平成18年(2006年)から平成24年(2012年)までのデータである。

平成18年19年20年21年22年23年24年
無料低額診療施設233241249264283325416

 朝日新聞記事では、平成21年(2009年)の施設数が339施設となっている。一方、平成24年社会福祉施設等調査の概況では264施設であり、だいぶ差がある。残念ながら、取扱い患者数に関する記載はなく、比較はできない。いつも思うことだが、新聞紙面ではスペースの問題があり、データの出所を明記できなくても仕方はないが、Web版の方くらい根拠を明確にする姿勢を見せて欲しい。いずれにせよ、無料低額診療施設は平成22年(2010年)を境に急増していることは確かである。

 格差拡大による経済的問題のため医療へのアクセスが困難になっていることが背景にある。しかし、無料低額診療利用患者数が増加したといっても、年間約10億人の患者総数の1%にも満たない。固定資産税の減免などのメリットはあるが、基本的には医療費自己負担分を医療機関側が負担する制度であるため、実施医療機関数も十分とはいえず、少数派にとどまっている。

 国民皆保険制度が形骸化してきている。病気が進行してから、あるいは、脳心事故などの重篤な状態になってから医療機関を受診するという事態が顕在化してきている。経済的問題による医療機関受診抑制を生じさせない状況をつくるためには、医療政策として本事業の推進を図るべきではないかと私は考える。