「現在、国際的な緊張というものは、人びとが想像するほど異常なものではない。
実際のところ、主権国家間の正常な関係とは、相互に不信を抱き、
互いに対立する野心を追及することなのである」――A.J.P.テイラー
2011-01-29
北東アジアの2つの爆弾
北東アジア・太平洋地域には、武力紛争の恐れが大きい場所が2つあります。今回はこれらと日本の関連についてです。
1つは朝鮮半島。北朝鮮と韓国との紛争です。昨年2010年の3月には韓国軍の哨戒軍「天安」が北朝鮮によって撃沈され、12月には延坪島への砲撃事件がありました。戦争は歴史の中だけの出来事ではなく、いまもって現実の脅威であることが、砲火によって明らかになったといえるでしょう。
もう1つが台湾海峡。中国と台湾との紛争です。こちらは朝鮮半島とは対照的に、今は小康状態にあります。しかし戦争の脅威がなくなったわけではありません。中国軍は台湾に侵攻する能力を高めています。また台湾側は中国と友好関係をとりもちつつも、万一に備えて中国本土まで届く新しい巡航ミサイル「雄風2E」の製造に入りました(WSJ 2010/12/10)。
朝鮮半島と台湾海峡で、それぞれ韓国と台湾の側に立って介入する能力をもち、それによって戦争を抑止しているのがアメリカです。昨年の普天間問題で注目された沖縄の海兵隊も、この文脈で存在します。参議院の外交防衛委員会の議事録によれば、こうです。
(在沖海兵隊)三一MEUの想定される任務は、朝鮮半島危機、台湾海峡への抑止と初動対応……などが考えられるわけであります。
……ロードマップが作成される過程での在日米軍再編協議では、三一MEUを本土や国外に移設したケースなど、いろんなシミュレーションがなされておりました。そこで出てきた最大のかぎは、三一MEUが紛争地域まで展開する際の所要時間でありました。
三一MEUは、沖縄から台湾、朝鮮海峡へは一日で展開できます。ところが、日本本土の富士へ例えば移動した場合には、朝鮮半島には二日、台湾には三日掛かります。……朝鮮半島有事や台湾海峡有事の際の邦人救出作戦、他国の軍隊が宮古、石垣、尖閣などの先島諸島に上陸を試みようとする場合には、一日、二日の遅れが致命傷となるわけであります。
したがいまして、三一MEUが県外移転された場合抑止効果は著しく低下することになるため、三一MEUは日本の抑止力維持のために沖縄に駐留する必要があるわけであります。
参議院会議録情報 第171回国会 外交防衛委員会 第11号
朝鮮半島と台湾海峡の2つの爆弾をめぐり、もしも戦争になった時のために、できれば自国に都合の良い形で戦争を抑止するために、関係各国は備えています。わけても半島と海峡の両方に介入できるアメリカは、地域の安定に大きな役割を果たしています。
参考:
WSJ 2010/12/10 台湾、中国本土到達の巡航ミサイル大量製造開始)
日本との関係・・・”隣家の火事”
そのアメリカに拠点を提供し、協力することで周辺の戦争を未然に防ごうと意図しているのが日本です。朝鮮半島や台湾海峡は日本にとって眼と鼻の先です。ここで戦争があっては無関係な「対岸の火事」ではすまず、例えて言えば「隣家の火事」です。隣の家で火事があっては、他人のことだからと眺めてはいられません。砲撃事件くらいのボヤならまだしも、本格的に燃え上がれば、必ずや隣まで火の粉が飛んできて、我が家へ延焼をおこします。
○朝鮮半島有事
朝鮮半島で戦争が勃発すれば、韓国の「後方」にあたる日本は無関係ではいられません。前回の朝鮮戦争のとき、韓国に攻め込んだ北朝鮮は、首都ソウルを瞬く間に占領し、いま一歩のところで韓国全土を攻め取るところでした。それが勝利を逃したのは、アメリカを中心とする16カ国からなる国連軍が韓国を支えたためです。その国連軍の展開拠点となり、物資の供給にも資して、韓国を支えた17番目の国が日本です。日本は密かに掃海部隊も送り、国連軍の側に立って朝鮮戦争に関与しています。
そこで2回目の朝鮮戦争があるとして、今度こそ日本が後方として有効に機能しないよう、マヒさせたいと北朝鮮が考えるのは自然というものです。そのため特殊部隊の一部や工作員、あるいは弾道ミサイルによって、混乱発生目当てでの攻撃が考えられるでしょう。また、その戦後にも北朝鮮の治安回復や復興支援、そして難民の流入などで日本が大迷惑を被るでしょう。
○台湾海峡有事
中台間で戦争が勃発すれば、台湾海峡とバシー海峡の航行の安全が脅かされます。両海峡に大きく依存する日本経済にとって大きな打撃です。それに加え、台湾戦争のその勝敗を分ける「天王山」は日本の領土領海かもしれません。
96年の「台湾海峡ミサイル危機」のとき、中国は武力で台湾を脅迫しました。しかしアメリカが空母を急派したことで封じ込まれました。
そこで現在の中国軍が狙っているといわれるのが「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略です。アメリカ軍が台湾付近に到着してしまえば、中国軍では勝利が困難です。よって台湾よりも遠くで足止めをしてやればいい、という狙いだとみられています。(下図イメージ)
イメージ(CSBA)
そのとき、中国からみると日本は非常にタチの悪い位置に存在します。中国からみると、日本と韓国の米軍基地によって半ば包囲されている形です。
かつまた、中国の艦隊がアメリカ軍を阻止するために外洋に出ようとしたとき、日本の南西諸島をスキ間を通りぬけねばなりません。もしも日本が(通称)宮古海峡の封鎖などで中国艦隊の進出を妨害したならば、中国にとってはやっかいなことです。逆に中国側が日本の八重島諸島などを一時的にでも占領して飛行場を押さえでもすれば、台湾の側面から脅威を加えられるかもしれません。
さらには敵の情報入手を邪魔するという観点からも、日本の南西諸島は重要になります。ランド研究所のレポート「竜の巣に入る(Entering the Dragon's Lair)」では、中国の接近拒否戦略のかなめの一つが、敵の情報や連絡を寸断することにあると指摘しています。また、航空優勢をえる最良の方法は、敵の空軍基地を叩くことだという中国側の認識を紹介しています。そのためミサイルの他、特殊部隊や工作員による襲撃をおこなう可能性があると論じています。台湾海峡有事において重要になる軍民の滑走路、自衛隊のレーダーサイトや通信基地が点在しているのは、鹿児島県から沖縄県にかけての島々です。
中台紛争の勝敗を決するだろう接近阻止戦略、その舞台となる空間に、日本の南西諸島が横たわっています。
晴れた日に傘を作るということ
こういったわけで、日本は朝鮮半島、台湾海峡の2つの有事について、いずれも無関係ではいられません。それには色々な理由がありますが、わけても最大のものは日本列島の位置です。これは変えようがないことです。
そこで日本としては、世界の平和はもちろんながら、まずは我が身の安泰のためにもそういった隣家の火事(周辺事態)を抑止したい。しかし日本自身が他国に武力介入することは制約があって不可能です。そこで主にはアメリカにやらせて、拠点の提供や後方支援でそれを後押しする形をとっています。
この日本の方向性が定まったのは90年代の日米安全保障共同宣言と、周辺事態法の制定です。それらの動きは、北朝鮮核危機と、台湾海峡ミサイル危機という2つの事件を踏まえています。90年代に朝鮮半島と台湾海峡の両方で戦争が起こりかけた結果、日本がそれらの戦争を無視できないこと、ならば防ぐ方に加担する他ないことが明らかになったのでした。
2011年現在、2つの爆弾のうち、朝鮮半島は不穏ながら、少なくとも台湾海峡の方は落ち着いています。朝鮮半島情勢は引き続き予断を許しませんが、今すぐに中国と台湾が紛争に陥ることは考えがたいでしょう。
ですが今日は晴れている空も、明日には雨を降らせることがあります。2010年の朝鮮半島は、北朝鮮の軍事攻撃によって韓国の軍民に死者がでる事態となりました。ですがその10年前、2000年ごろには南北首脳会談があって、これからは南北の平和友好が実現できるかと思われたものです。
いま平和だからといって、5年先、10年先もそうだとは限らないのです。そして軍事力の整備は20年、30年といった期間がかかります。すれば、今が平和でも関係各国が備えに怠りないのは、むしろ当然というべきでしょう。それが晴れた日に傘を作るということであり、安全保障の努力だからです。
関連過去記事
経済で戦争は防げるか――『The Costs of Conflict』
記事中で紹介したレポート
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2011-01-18
117番は時報、119番は消防。では118番は??
118番は海上保安本部につながる電話番号です。2000年から設置された118番ですが、子どもでも知っている警察の110番の警察、消防の119番に比べて、あまりに知名度が低いのが問題になっています。
四面環海の日本は海難事故も多く、海難救助は海上保安庁の担当です。にも関わらず、海の事故なのに警察や消防に連絡してしまい、肝心の海保への通報が遅れることが多いそうです。逆に118番にかかってくる電話は、その約99パーセントが間違い電話やイタズラだそうです。
2000年に運用が始まった番号だが、11月末まで10年余りの通報総数のうち、99.3%が間違いや、いたずら電話だった。こうした通報の割合は県警や消防への通報に比べて突出して高く、「救助に支障が出る恐れがある」として、番号の周知に力を入れる。
知ってください「118番」やめてください「いたずら電話」、海上保安庁が周知に力
ちなみにイタズラの内容は「海でマグロが溺れています」「海にゴジラがでた」などだとか。間違い電話の場合は、海保側が電話にでた途端に切れるものも多いそうです。それでももしかしたら、切迫した事件・事故の通報だったかもしれないので、海保は念のため電話番号や位置情報を調べて折り返し電話しているそうです。
118番の使い道
海の事故、事件があったさいに第一報がすぐ海保に届かないのでは、治安と人命救助に問題があります。海難事故の第一報が118番に入った場合とそれ以外で、海保の事故発生2時間以内の情報入手率に20%近くも差がついています。(08年海上保安レポート)
そこで今年2011年から、今日、1月18日は「118番の日」になり、普及活動がはかられています。2000年の設定時からやっておけという話ですが、こんなにも普及が進まないとは予想外だったのかもしれません。
では「118番」はどんな時にかければいいのでしょうか? 例えば以下の4つの状況が挙げられます。
・海難人身事故に遭った、または目撃した(釣り人や海水浴客が沖に流された、船が転覆したなど)
・不審な船を発見した
・海上での油等の流出を見つけた
海上保安庁は何かと不遇なところがあります。まず、全般にわたって予算が少なく、船の更新がなかなか進まないのが問題になっています。その割に、国際的には軍がやっても不思議はないプルトニウム運搬船の護衛を仰せつかったり、海自の代わりにインド洋まで巡視船を派遣させられそうになったり、はたまた昨年の尖閣沖事件後に流れたデマでは海保の職員が死んだことにされたりしました(参考)。
他にも、船以外の装備品もなかなか更新できない、人手も不足なので通報があってから休暇中の職員が緊急出勤することも数々(08年より複数クルー制を一部実施)、職員を募集するとほぼ全員が潜水士を目指してたりする(海猿)、何かにつけて海上自衛隊と間違えられる、海自と合同で船の公開イベントをやるとお客さんの入りに差がありすぎてサビしい、など(下記)。
しかし海保は少ない予算で頑張っています。海の消防として海難事故での人命救助、また海の警察として密輸や密航など海上犯罪の摘発、そして日本の「沿岸警備隊」として国境警備の任務を担当しています。最後については昨年の尖閣諸島沖事件においてかなりの注目を集めました。あの件では海保の組織統制において極めて不名誉な事態も起こりましたが、それも含め、海保の活動の一端が多くの人の耳目に触れることになりました。
海保は毎年2000人近い人を海難事故から救出しているそうです。私の知人もヨットが転覆してしまったとき、海保に救助して頂いたことがあります。
ちなみに海保のWEBサイトによると、事故の際に民間のマリーナや漁協、BAN(車でいうJAF)などに救助してもらった場合、捜索費用を返さねばならない場合がありますが、海保に救助してもらった場合はその必要はありません。
118番は海で仕事をしている人には既に普及していますが、そうでない人にはまだまだのようです。ふだんは海に行かない人であっても、たまにマリンレジャーに行ったときに事故にあったり、海の事件事故を目撃したりするかもしれません。まだご存じなかった方は、これを機に「海のもしもは118番」を、ぜひ憶えておいてください。
参考
関連記事
2011-01-17
「万里の長城を、海に ―21世紀の中国海軍」 Bernard D. Cole著
「The Great Wall at Sea: China's Navy in the Twenty-First Century」は、中国の海軍についての学術書です。去年に改訂第二版がでて新しくなりました。中国がどういった領土や経済の権益を守るため、どんな海軍を持ち、それをどう使おうとしているかを詳細かつ明瞭に書いています。下記が目次です。
目次
1 China's Naval Heritage
2 China's Maritime Territorial Interests
3 China's Maritime Economic Interests
4 PLAN Establishment
5 Ships and Aircraft of the PLAN
6 Personnel, Education, Training, and Exercises
7 Doctrine and Operation in the PLAN
8 China's Maritime Strategy
この本のタイトル「The Great Wall at Sea」は、毛沢東の言葉からきています。1950年ごろ、毛沢東は命令しました。「帝国主義は中国に海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義は我が国を侵略してきた」のであり、我々は強大な空軍と海軍を保有して「中国の海岸線に、海の長城(The Great Wall at Sea)を築かねばならない」と。
「海の長城」、言い換えると中国の海上の防衛線は、外洋へむけて拡張しつつあります。Coleが2章、3章で触れているように、近海における領土と海洋権益の争いで、中国海軍は活用されてきました。また近年は中国の経済発展によって遠海まで広がった通商路をも保護するため、平時限定ながらインド洋まで海軍の活動範囲を広げました。このような段階的発展は、60年がかりの海軍発展戦略に則っています。
近年では中国の外洋進出に対する反動として、周辺諸国の連帯が始まりつつあります。内から外へ広がろうとする「海の長城」と、それに反発する周辺の連帯。この2つの運動はアジア・太平洋地域に広がる波紋となっています。
近海の海洋権益を拡張
海の上に長城を築くんだという盛大な掛け声でスタートした中国海軍ですが、その進歩はゆっくりとしたものでした。なぜなら毛沢東の軍事戦略、つまり「ハイテクだが少数の核兵器と、ローテクだが大量の陸軍と人民によって、全面戦争を戦う」という構想において、海軍は補助的な役割しか果たせないからです。中国海軍の発展は小平の時代を待たねばなりません。
小平は「全面戦争は回避可能である(戦争可避論)。これからは局地的な制限戦争に備えるべきだ」という新たな方針を立てました。また同時期に東、南の両シナ海で海洋権益を拡張する必要がでてきます。パラセル(西沙)諸島、スプラトリー(南沙)諸島、尖閣諸島といった島々の領有権を確保し、それを通じて広大な排他的経済水域を獲得(中国に言わせれば奪回)すべきだ、となりました。沖合で局地的な紛争を戦わねばならなると、中国海軍(PLAN)の発展が本格的にスタートします。
その端緒となったのが「魚や離島をめぐる戦い」で書いた、パラセル諸島の戦いです。アメリカが南ベトナムからの撤退を決意したのに乗じ、中国は南ベトナム軍と戦って勝ち、島を奪いました。その後もアメリカ軍がフィリピンから撤退を決めたのに乗じ、スプラトリー諸島でも岩礁をフィリピンから奪うなど、タイミングをはかりながら領有権を拡張していきました。このような南シナ海での権益確保を後押ししたのが、艦艇の大型化がようやく進んできた中国海軍です。
このように軍事力を背景にして離島の領有権を確保し、排他的経済水域を拡張する動きは現在まで一貫して続いています。「中国の離島侵攻プランと『戦略的辺彊』」で述べたように、軍事力を背景にして領有権争いで押していき、近海において海洋権益の拡張(中国に言わせれば奪回)をめざしています。
中国海軍の60年計画
第一、第二列島線
このような着実な海軍の発展を規定したのが、1980年代につくられ、21世紀半ばまでを見据えた海軍発展戦略です。段階的な外洋進出を目指すものです。
まずは第一列島線(九州―沖縄―台湾ーフィリピン)よりも中国側を支配します。次いで第二列島線(九州―小笠原諸島―マリアナ諸島)より中国側で、外国海軍の活動を拒否できるようになるなど、段々と外洋へ進出していきます。やがては世界の主要国(アメリカ、ソ連らの超大国)に並ぶだけの大海軍をこしらえ、世界のどの海でも、必要とあらば中国の権益を主張できるようになります。
このプランが大法螺でないのは、まず20年かけて発展の土台をつくる、としているところです。最終的には空母多数を保有する外洋海軍になりますが、そのためにまずは技術開発、戦略研究、教育、組織といった土台づくりが必要です。20世紀最後の20年間で基礎を固めておいて、空母を作るなど本格的に外洋進出するのは21世紀になってからの40年。
合計約60年がかりの遠大なプランです。「中国海軍は何を考えているのか 建軍から未来まで」で書いたように、おおむねこのロードマップにそって中国海軍は進んできました。
予定より遅れながら、地道に発展中
そこまでしても、計画通りに進む計画はめったにないものです。Coleは海軍発展戦略がその予定よりも何年も遅れていることを指摘しています。発展戦略の立案を指導した劉華清についても、偉大な戦略家というより、影響力のある軍事官僚に過ぎなかった、と評価しています。
実際、劉が執拗に主張した空母取得は、潜水艦優先派の反対を受けたこともあり、彼の存命中には実現しませんでした。また劉自身、空母の必要性を執拗に論じながらも、自分の後継者として指名したのは潜水艦隊出身の若手でした。
もっとも、いたずらに空母を優先しなかったのは、中国海軍の見識を示しているともいえます。見栄や酔狂だけで空母をほしがるならば、フランスのように、他の全てを無視して空母だけつくってしまえば良いのです。まともな護衛艦艇をもたずに空母だけつくっても、外洋で戦闘することはできず、あまり意味がありません。それでもフランスは意地で空母を持ちました。中国はそれを我慢し、潜水艦や他の水上戦闘艦を地道に拡充してきました。
単にステータス・シンボルとしてではなく、戦力として空母を欲していることが分かります。
遠海防衛と商船の保護
長年の悲願だった空母建造が公式に明言されたのは2009年です。準備すること約30年にしてやっと時節到来、といった感があります。
また空母建造が公文書に記されると同時期に、胡錦濤が海軍に下したあらたな指示も公開されました。「近海総合作戦能力を向上させると同時に、徐々に遠海防衛型に転換し……日々発展する海洋産業、海上運輸およびエネルギー資源の戦略ルートの安全を保護する*1」ようにという指示です。
この2つが同時期に表に出てきたのは恐らく偶然ではなく、どちらも「艦隊を外洋に出す準備が整った」という認識からでたものでしょう。江畑謙介氏の分析にあるように、中国が海軍を増強する根本的な動機には「商船の保護」があると考えられます。経済発展には商船隊が、商船隊の保護には海軍が必要だからです。江畑氏はこう書いています。
中国が今後も経済発展を維持しようとするなら(それは当然であろう)……有力な洋上航空戦力を伴う強大な海軍力を持たねばならない。
どのくらい強力であればよいかといえば、中国の沿岸、領海の保安が確保され、かつ中国の商船が武力的脅迫を受けそうな不安定海域に、中国海軍力が常駐するか、迅速に駆けつけられる能力を持つことである。
商船の保護といっても、この場合、あまり穏やかなことではありません。中国にとって重要な通商路となっている海域を、必要とあらば武力でコントロール可能になることを意味します。
国家が空母をもつ意味
それには、突き詰めれば空母が不可欠です。ソマリア海賊程度が相手ならともかく、沿岸国と交戦することを考えれば、艦隊をただ送りこむだけでは足りません。近代的な敵の空軍に反撃されることが考えられるので、中国側も艦隊を航空戦力で守る必要があります。ところが近海ならともかく、それ以遠となると、陸上の空軍基地から戦闘機を飛ばしても届かないので、どうしても空母が必要になります。中国が経済発展の保障のためにいずれ必要とする艦隊について江畑氏が「有力な洋上航空戦力を伴う」と書いているのはこういうことです。この辺りの事情は「なぜ中国はそんなに空母が欲しいのか?」で書いた通りです。
遠くの重要な海域をコントロールできる、つまりその沿岸国を攻撃できることは、中国に大きな影響力を与えます。「なぜどこの国も空母(航空母艦)を持ちたがるのか?」では、空母の保有は大国の条件とも言える、と書きました。空母によって艦隊は外洋で戦闘可能になり、前述のように商船の保護を可能にします。すると脅威と恩恵の両方または一方を他の国々に与え、その動向をある程度左右することができます。
とはいえ、中国がそこまでに至るのはまだまだ先の話です。Coleが本書で何度も指摘しているように、中国海軍は未だ発展途上というべきです。仮に数年中に空母が進水したとしても、戦力として使えるようになるには、何年も訓練と研究を重ねなければなりません。海賊対処のためアデン湾で活動できるまでになりましたが、ヘリのメンテナンスほか兵站面で地味ながら問題が多かったと言われています。つまりは発展の余地はまだまだ残っており、これから更に一段と伸びてくる、ともいえるでしょう。
外洋へ動く「海の長城」
中国海軍の伸長は周辺諸国に脅威を与え、対抗措置を招いています。外洋へ進出する力に対抗し、周辺での連帯が始まっています。
特に東、南の両シナ海で中国と領土問題をかかえている国は、武力紛争への備えを増すとともに、外国との連携を深めて対抗しつつあります。陳時代の台湾は日米安全保障体制との一体化をはかり、日本はアメリカとの同盟をいっそう重視し、アメリカは日米―米韓の両同盟をリンクさせるとともに、東南アジア諸国との関係強化を打ち出しています。
ベトナムはロシアと再び連携を強化しつつあります。先ごろベトナムの原子力発電所建設をロシアが勝ち取りました。これはロシアが経済協力と軍事面での協力をセット販売で売り込んだのが決め手になったと言われています。武器輸出三原則等のほか制約の多い日本にはマネができないことですが、これはロシアの巧妙さと同時に、ベトナムがロシアとの軍事的連帯を求めていればこと奏功したことでしょう。
より広域でも、アメリカ、日本、インドが「日米印戦略対話」を常設化するといった連携が構築されつつあります。
このような各種の動きは、中国を中心とする円の海側で起こっています。武力を行使できる地理的範囲を、外洋へ、外洋へと波紋のように広げる中国の動きを中心に、その周囲の国々が手をつなぎつつあります。中心から外へ押し出そうとする動きに対し、反発が生じています。
かつて毛沢東は「海の長城」を建設すべきことを説きました。海の長城は陸にある万里長城と、何が違うのでしょうか? それは可動性です。地上にある万里の長城は動かない要塞であり、こちらから近寄らない限り害はありません。ですが目下発展中の海の長城は、中国海軍が守り得る防衛線の範囲であり、外へ外へと動きます。毛時代には中国沿岸に築かれた「海の長城」が、時代には次に第一列島線内に広がり、反動を巻き起こしながらも今、さらに拡大しつつあるといえるでしょう。
関連記事
経済で戦争は防げるか――『The Costs of Conflict』
お勧めブログ
中国の海洋進出はうちのブログで度々とりあげていますが、うちよりはるかに卓越して優れたブログがありますので、ご紹介しておきます。幅広く外交・安全保障問題を取り扱っているブログですが、特に最近は中国の海洋進出については多数の記事を公開してあり、勉強にならない記事はありません。この記事で紹介した「The Great Wall at Sea」はもちろんのこと、豊富な資料を用い、しかも簡潔に軍事情勢を解説しています。お勧めです。
*1:東アジア戦略概観2010 p116参照
2011-01-15
なぜ中国はそんなに空母が欲しいのか?
「空母をつくってもおかしいことではない。昔は日本も持っていた」
中国政府と人民解放軍は、空母の保有に邁進しています。もと駐日大使をつとめた中国政府の武大偉氏は、加藤紘一氏との会談で、こう述べたそうです。
「(第二次世界大戦の当時)日本も8から9の空母を派遣した。当時は米国も日本も多くの空母を持っていた。中国は今も空母を持っていない。一つつくってもおかしいことではない。通常の武器だ。ほかの国も持っている」と語った。
「日本も空母持っていた。なぜ中国ばかり」中国高官反発 2010/1/13 asahi.com
中国がいずれ空母を持つと決意したのは、1980年代の後半です。小平によって抜擢された海軍司令員・劉華清提督をはじめとする海軍指導部が、「海軍発展戦略」と称する三段階のロードマップを打ち立てました。それによると第二段階の2001年〜2020年の間に、何隻かの航空母艦を建造することになっています。
その劉提督は2011年1月14日、享年94才で亡くなられました*1。彼は「中国の空母を目の前に見るまでは、目を閉じて死ぬことはない」と言ったとも伝えられています。それが数年中にも空母が進水しようかという時期に亡くなられるとは、天寿とはいえ、惜しむお気持ちがあったことでしょう。ご冥福をお祈りいたします。
とはいえ、劉提督以来の悲願である空母取得は、いまや軍のみならず、中国政府の予定表に入っています。09年に浜田防衛大臣(当時)が訪中した際、中国の梁光烈 国防相は、(聞かれてもいないのに)空母取得による海軍増強の正当性を主張しました。いわく、「世界の大国で空母を持っていないのは中国だけだ。永遠に空母を持たないわけにもいかない」のであり、「中国には広い海域があり、海を守る任務も重い。中国の海軍はまだ力が弱く、発展する必要がある」のだそうです*2。また09年時点で、公式文書の「中国海洋発展報告」に空母建造が明記されていたことが分かっています*3。
中国はなぜこれほど執念深く空母を求め、海軍を増強しようとするのでしょうか?
「中国が空母をもつ日 ―江畑謙介の戦争戦略論1」
江畑謙介著「中国が空母を持つ日」は、1994年に出版されました。中国、北朝鮮ら日本周辺の国々の軍事情勢を分析した本です。江畑氏の仕事だけあって、豊富な資料に裏づけられ、冷静で妥当な分析が展開されています。いまから17年前ではありますが、空母建造を含めて中国が海軍強化に突き進むことを明確に予測されていることから、今日でも読む価値のある本です。
江畑氏は、94年時点で、このように論じていらっしゃいます。
どういう方向に中国が進もうとも……必ずや海軍力を整備して海洋に乗り出すことは間違いない。それが中国周辺諸国を警戒させる要因になっている。
ここでいう「中国の海洋進出」とは、中国人が海に出てくるということではない。そんなことは太古の昔からやってきている。中国が強力な海軍力と洋上航空戦力を保有して、必要とあれば長駆洋上を進出して、その力をもって外国を海上封鎖し、通商路を破壊し、洋上から内陸に打撃を加え、ときには上陸作戦すら実施する能力を持つようになるということである。
その意図の有無は問題ではない。力があれば、政権が必要と認めたときは、その力を行使できるようになることが問題なのである。そして今後の中国にはその必要が生ずることが、(それを容認するということではないが)客観的にも予想できる。
「中国が空母をもつ日」p93
2011年現在、江畑氏の予測は着々と現実化しつつあります。陸上の空軍基地から飛び立つ戦闘機がカバーできない遠方の海域でも、空母があれば艦隊が活動可能になります。そうすれば、江畑氏が書いておられるような、洋上から内陸への打撃や上陸作戦(これらを「戦力投射」といいます)も可能になってきます。
中国がこのように海軍力増強に走ることを、江畑氏はなぜ確信をもって予測したのでしょうか?
経済発展には商船隊が、商船隊には海軍が不可欠
江畑氏はこのような中国の海軍増強を、経済発展の観点から説明しています。経済発展には貿易が必要であり、貿易には商船隊が必要であり、商船隊には海軍が必要である、という洞察です。
中国がめざす経済発展には、海外から大量の財を輸入し、また多くの財を輸出する必要があります。輸出入には商船が必要です。ある国の商船を総称して「商船隊」と呼びます。商船隊は英訳すると「merchant fleet」で「商業艦隊」です。海軍の艦隊と合わせ、商船隊は国家にとって重要な「シーパワー」の一部を成しています。
国家が外洋に出られる海軍を保有する主目的の1つは、商船隊の保護です。海軍の目的というと、敵の海軍と戦ってやっつけることのように思われがちかもしれません。それも目的の1つではありますが、商船隊の保護という点からみれば、敵海軍との交戦はそのための手段の1つに過ぎないともいえます。
商船を保護するといっても、直接的に船団や航路帯を守るばかりではありません。
商船を守るということは、護衛をしていくという意味ではない。その商船が外国勢力から脅かされないようにすることである。もしその商船を撃沈、拿捕、臨検、あるいはその他の公海における自由航行を妨害するような国がでても、たちどころに米海軍がその海域にやってきて、これらの国際法違反、ないしは海賊行為に報復を含む適切な対応をする態勢があるなら、それにあえて挑戦しようという国はないであろう。つまり米国と交易を行う商船は米海軍の全世界展開作戦能力によって、「守られている」のである。
「中国が空母をもつ日」p95-6
「狭い意味での海軍は商船が存在して初めてその必要性が生じ、商船の消滅と共に海軍もまた消滅する」というアルフレッド・セイヤー・マハンの言葉を引いて、江畑氏はこう解説しています。
したがって、中国が今後も経済発展を維持しようとするなら(それは当然であろう)、有力な商船隊を保有し、中国と交易を行う国の商船の航行が妨げられない状況を造り出さねばならない。もし中国の沿岸が、外国によって容易に封鎖されるようであるなら、国際政治の変化で中国と交易する国が激減する可能性があるし、また封鎖されるなら、中国がいくら独自の大商船隊を保有していても意味がない。
そのような状況にならないためには、有力な洋上航空戦力を伴う強大な海軍力を持たねばならない。どのくらい強力であればよいかといえば、中国の沿岸、領海の保安が確保され、かつ中国の商船が武力的脅迫を受けそうな不安定海域に、中国海軍力が常駐するか、迅速に駆けつけられる能力を持つことである。
「中国が空母をもつ日」p97
つまりは成長した経済と、そのさらなる成長を保障するために、商船隊を保護できるだけの外洋海軍が必要である、中国はさらなる経済成長を望むであろうから、当然、さらなる海軍拡張を必要とするのは間違いない。それが江畑氏の94年における予測であり、2011年現在にも進行中の状況です。
現代での商船保護
「経済成長には貿易が必須」というのは分かりやすくても、「貿易には海軍で商船隊を守る必要がある」というのは、ちょっとイメージしづらいかもしれません。大航海時代の昔ならば海賊が、あるいは第二次世界大戦のさなかなら潜水艦Uボートが商船を襲いました。しかし現代において、船団保護なんて誰と戦うのでしょうか? インド洋の海賊対処のようなことはあっても、大規模に通商路が破壊されたり、沿岸が封鎖されたり、なんてことがあるとは思えない、という人も多いかもしれません。
しかし、江畑氏は現代においても商船隊保護の能力は重要であることを説いています。例えば中国の場合、南シナ海とインド洋の航路を、沿岸国から守ることです。
卑近な話、中国がその全体の領有権を主張している南沙諸島で、他に領有権を主張している五か国のいずれか、あるいは全部と領有権問題で緊張状態になったら、南シナ海を中国商船はのんびりと航行することはできなくなるであろう。…
インド洋を見ても、中国とインドとの関係はこのところ軟化してきているとはいえ、ブータン東の領有権問題やチベットに関する問題は何一つ根本的な解決の道が見つかってはいない。インド洋は中国の商船も含めて年間十万隻が航行する通称の大動脈である。……中国とインドが政治的に緊張するとき、中国商船が脅かされないという保障はない。
「中国が空母をもつ日」p100
航路の安全を軍事力で守ることは、いますぐ起こる事態だとはいわないまでも、中国にとって備えねばならないことなのです。
こういった脅威は日本人にはあまりイメージしがたいかもしれません。それには理由があります。日本の場合、通商路の防衛、商船隊の保護は、アメリカ海軍におおむね依存してきており、自力ではやってこなかったからです。日本の主要な通商路はアメリカのそれと重なっており、かつ日本はアメリカと同盟しています。よって必ずしも自力で商船を保護せずとも、アメリカがアメリカにとって重要な商船を保護する、その余慶を被ることができます。
日本が第二次世界大戦後、強力な海軍力や空軍力を持たず、世界の海に日本の商船を安心して走らせてこられたのは、日米安全保障条約があったからに他ならない。日本の商船に危害を加える国があるなら、それはただちに米国の軍事力により制圧されることになる。だから誰も日本の商船と通商路を脅かそうとはしなかった。
もし日本が一切外国と安全保障関係の条約を持たず、まったく独自に防衛と利権保護を確保しようとするなら、戦前の帝国海軍の数倍の海軍力を必要としたであろう。
「中国が空母をもつ日」p101
アメリカとの関係に問題を抱えていない国にとっては、覇権国が自腹をきって航路の安全を守ってくれるのだから、ありがたいことです。しかし、事と次第によってはアメリカと戦争をするか、少なくともその恐れがあるような外交方針をとるといった、外交上の選択肢を持ちたい国は、ただ有難がっているわけにもいきません。自力で何とかせねばならないからです。
マラッカ・ジレンマと商船保護
中国はアメリカと同盟を組んでいません。経済的な相互依存は深まっているとはいえ、朝鮮半島や台湾海峡の情勢によっては、アメリカとの間で局地的に一戦まじえる恐れは依然としてあります。
そんな中で、中国は経済発展し、貿易量が増大すると、アメリカが事実上保護しているマラッカ海峡により深く依存することになります。すると自国の生命線をアメリカに抑えられたも同然です。そのことが、中国の外交上の自主性に制限を加えます。経済発展はしたいが、そのためにマラッカ海峡を抑えるアメリカに依存するのは面白くない。胡錦濤はこれを「マラッカ・ジレンマ」と呼びました。
これをアメリカから見れば、世界大で通商路の保護を行うことで、自国の貿易を安全におこなうのみならず、世界中の多くの国に恩恵と影響力を与えられるということです。かつての覇権国であった大英帝国も、世界の海に海軍ステーションを設け、商船を保護していました。このあたりは名著「アジアの海の大英帝国―19世紀海洋支配の構図 」に詳しいです。イギリスのエリザベス一世に仕えたウォルター・ローリー卿が言ったように「海を制するものは貿易を制し、貿易を制するものは世界の富を制し、ひいては世界をも制する」というわけです。
現代においても戦時に他国の通商路を破壊し、あるいは自国のそれを守れるということが、平時におけるその国の発言力と外交の自主性に関わってくるのです。特にアメリカとの関係に問題を抱えているか、将来抱えるかもしれない国にとって、これは深刻な問題です。そこでイランは戦争になった時にホルムズ海峡を封鎖できるよう潜水艇を備え、中国はマラッカ・ジレンマを軽減すべく、中央アジア経由でインド洋にでる輸送ルートの開発に資金を出したりしています。
避け難い2つの運動
特に中国は経済発展のためにますます海洋通商路への依存を深めるので、できるだけ自前でこれを防衛できるよう海軍を増強します。中国が侵略的だとか、帝国主義的だから軍備を増強しているのではなく、単に経済が発展しているから、経済発展を支える商船隊を保護するのに海軍が必要なのです。もっとも、他にも先日の記事で書いたように近海での海洋権益確保という目的もあり、権益確保のために中国がかなり軍事力に頼っているのはまた別の問題としてあります。とはいえ、大筋としては江畑氏が論じていらっしゃる通り、経済発展が海軍増強を導いていると考えられます。
よって、中国が空母保有からさらに海軍を増強するのは、必然とはいわないまでも、自然なことです。どの国でも、中国と同じ立場に置かれたなら、程度の差はあれ似たような軍拡を行うでしょう。また、日本をはじめとするアジア太平洋諸国がそれを脅威に感じ、軍事的に対抗するのも、これまた当然の反応です。
どちらも、それぞれの立場において、当然の行動をとっているに過ぎません。お互い、アナーキーな国際社会に生きる、恐怖と欲望の奴隷なのです。だから、どちらが悪いとか、ムカつくとか、そういう問題ではありません。問題なのは、中国の海洋進出と、それへの周辺国の軍事的対抗、どちらもそれなりに正当なこの2つの行動が、果たして良き均衡点を見いだせるか、否かなのです。
引用文献
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「万里の長城を、海に ―21世紀の中国海軍」 Bernard D. Cole著
2011-01-11
中国の離島侵攻プランと『戦略的辺彊』
すっかり門松も取れた頃ですが、遅まきながら明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。
昨年12月30日、朝日新聞の峯村健司記者がインパクトのある記事を物されました。南シナ海において、中国軍が他国の実効支配する島に侵攻する計画を立てているいうのです。軍事力を背景にして離島の領有権奪取を狙う中国の姿勢が鮮明に現れています。
このような軍事外交の姿勢を理論的に裏づけているのが、徐光裕の「戦略的辺彊」論です。国境は軍事力によって動かすことができるとする理論です。
このように軍事力を裏付けに、積極的に国益の拡張を狙うのは、別に間違ったことではありません。しかし、そんな露骨な計画や理論を公表するのは、21世紀の国家としてはあまりに正直でありすぎます。ここに2周ほど遅れてきた大国としての中国の有り様をみることができます。
○他国の離島に侵攻、敵の本土を爆撃。そしてアメリカの空母を阻止。
峯村記者の報道によれば、中国は南シナ海で他国の支配する島に攻めこむプランを立てたそうです。そのプランはずいぶん思い切ったものです。
中国軍が、東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々と領有権をめぐって対立する南シナ海で、他国が実効支配する離島に上陸し、奪取する作戦計画を内部で立てていることがわかった。
……関係者は「いつでも島を奪還できる能力があることを各国に見せつけることで圧力をかけ、領有権交渉を有利に進める狙いがある」としている。
空・海から奇襲…中国軍が離島上陸計画 領土交渉に圧力 asahi.com 2010年12月30日
計画を立てているからといって、中国がすぐ戦争をするぞ、というわけではありません。ただ「もし戦争となれば、占領できるんだ」という能力を持ち、それを見せつけることで、交渉を有利にしようというのです。「交渉が失敗したら、中国は攻めてくるかもしれない。そうなれば向こうの方が強い」となれば、中国と交渉にあたる周辺諸国は弱気にならざるをえないでしょう。
中国軍が作成したといわれるプランは、実に攻撃的な、思い切ったものです。
広州軍区関係者によると、この計画は昨年初めに策定された。それによると、空軍と海軍航空部隊が合同で相手国本国の軍港を奇襲し、港湾施設と艦隊を爆撃する。1時間以内に戦闘能力を奪い、中国海軍最大の水上艦艇でヘリコプターを最大4機搭載できる揚陸艦「崑崙山」(満載排水量1万8千トン)などを使って島への上陸を開始。同時に北海、東海両艦隊の主力部隊が米軍の空母艦隊が進入するのを阻止するという。
空・海から奇襲…中国軍が離島上陸計画 領土交渉に圧力 asahi.com 2010年12月30日
このプランの思い切ったところは、敵本土への爆撃を織り込んでいるところです。かつてフォークランド紛争の時、フォークランド諸島に上陸を試みるイギリス軍は、アルゼンチン本土からの爆撃に悩まされました。しかしアルゼンチン本土を爆撃しようとはせず、あくまで島嶼だけを巡る争いに留めようとしました。(この時はイギリス軍側の能力の限界という要因もありますが)
軍事的には敵本土の戦力も叩いた方が有利です。でも、それをするとお互いの国民感情がヒートアップします。日本で考えても、尖閣諸島のみならず、那覇や長崎が爆撃されたとなれば、大変なことでしょう。すると戦争終結が難しくなり、政治的に困ります。そこでわざと戦場を限定し、お互いの本土に戦火を及ぼさないことで、暗黙のうちに「この島の問題だけを争うことにしよう」と戦争を制限するのです。
ところが今回報道された中国のプランには、そんな遠慮が微塵もありません。何よりも先に敵の本土を叩き、アメリカ軍と対峙してまで戦い抜く、軍事的な有利だけを追求したプランです*1。
○なぜ南シナ海の小島を争うのか?
南シナ海の島々は、中国のみならず、多くの国々が狙っています。中国をはじめベトナム、台湾、フィリピン、マレーシアら多くの国々が「この島はうちのだ」「いや、うちのだ」と、ここ数十年ずっと言い争っています。軍隊を使った武力衝突まで、何度も起こっています。地図でみれば豆粒のような小島に、周辺国の熱い視線が注がれています。
なぜそんな小さな島に、多数の国がこだわるのでしょう? 実のところ、国々の本当の狙いは島、それ自体ではありません。島を領有することで、その周辺最大200海里に設定できる、排他的経済水域(EEZ)です。EEZを設定すれば、その中にある魚や海底資源を管轄できます。大雑把にいえば、島を領有することで、その周囲の魚や石油、天然ガスなどを我がものにできるわけです。EEZという「面」の管轄を狙って、島という「点」の領有権が争われています。
南シナ海で各国が主張するEEZを合計すると、南シナ海がもう1つ必要なくらいです。「ここはうちの島だ。従ってうちのEEZはここまである」という主張が重複しすぎ、入り組みすぎでいます。この画像を見れば、どれだけ揉めているかが一目でわかります。各国が主張しているEEZを線で描いたものです。
どの国もできるだけ広いEEZを主張してていますが、わけても中国は南シナ海の半分以上を自国のだと主張しているのがわかります。中国本土からずいぶん遠くの沖合まで「うちのだ」というのは無茶に聞こえます。でも、南シナ海の島々をすべて中国が領有しているとして、その最南端から200海里を設定したならば、これくらいは主張できることになります。
南シナ海、特に沖合のスプラトリー(南沙)諸島の領有権争いが熾烈を極めるのは、こういう理由によります。今回中国軍が立てた離島侵攻プランは、軍事的にそういった島々を占領可能になることで、領有権確保につなげる意図があるのでしょう。峯村記者はこうも書いています。
国家海洋局はホームページ上で南シナ海について、「中国とほかの小国との領土問題であり、十分な軍事力を見せつけて、領土問題を有利に進めなければならない」と主張している。
南シナ海は「核心的利益」 中国、軍中心に強硬論 2010/12/30
○国境は、動かせる―ー中国の「戦略的辺彊」論
島を武力占領できる軍事力をもつことで、領有権を得る。この政策は1987年に発表された「戦略的辺彊」論*2に裏づけられていると考えられます。徐光裕が発表したこの理論は、軍事力によって国境が動かせることを説いています。いわゆる国境線の外側に「戦略的辺彊」を設けることで、国境を外へ外へと広げることができる、と説きます。
徐光裕は国境線を2種類に分けます。『地理的な国境』と『戦略的な国境』です。地理的な国境は、いわゆる国境線のこと。そして「地理的な国境って、実は動くんだぜ!」と徐は言います。そのカギになるのが「戦略的な国境」です。地図上の国境がどうあれ、戦争になったときに国家が軍事力で支配できる範囲の限界線をいいます。
軍事力に優れた国は、平時の国境よりも広い範囲を軍事的に守ることができるでしょう。この時、地理的な国境より外側にあり、戦略的な国境の内側にある範囲を『戦略的辺彊』と徐は名づけます。戦略的辺彊は、国境線の外側ですから、その国の領土ではありません。でも戦争になれば支配することができます。
軍事力で実際に支配できる範囲を国境の外にまでドンドンと広げ、『戦略的辺彊』を長期間にわたって保つならば、やがてそこまで地理的国境を拡大することができる、と徐は論じます。逆に戦略的な国境が地理的な国境より狭ければ、やがて国境が縮小してしまう、とします。
そこで徐は「辺彊を海上300万平方キロメートルの海洋管轄区域の際まで外に拡大」しなければならない、と言います。海上300万平方キロメートルとは黄海、東シナ海、南シナ海を指します。
徐の他にも、いまの中国海軍の基礎を築いた提督たちが、この海域をさして「歴史的水域」だと言っています*3。中国の陸地面積の三分の一に相当するこの海域は「歴史をさかのぼれば全て中国の海なのだが、西洋植民地主義によって今は失っている」という考えです。そしてこれを取り戻すことが中国海軍に課せられた任務である、と主張しています。
今回報道された南シナ海での離島侵攻作戦は、ただの思いつきではなくて、80年代以来の構想につらなっています。軍事的に支配できる領域を広げることで実効支配を固め、やがては南シナ海の島々をれっきとした中国の領土に変えていきます。それは侵略ではなく、かつて中国の「歴史的水域」を取り返すことであり、中国軍の使命の一つなのです。
○中国のやり方は間違ってはいない
このように見てみると、中国は力まかせに横車を押す無法な国だ、と思われるかもしれません。しかし考えてみますと、ある意味で、中国の言い分は正しいともいえます。
領土係争がある島について、軍事的に解決するプランを立てるのは、当然のことです。中国のみならず、ベトナムなども離島紛争への対処は考えているでしょう。
また、国境線が軍事力によって動くというのも、過去に数多くの先例があります。そもそも宇宙から見れば地球上に国境線などなく、国境は人間が集団ごとに棲み分けために決めた方便です。その最終的な根拠は「だって、うちの国民が住んでるぜ」と「だって、戦争になれば我が国がここを獲ってみせるぜ」の2トップにとどめをさします。
思えば、かつて「領海」という制度が定められた時、その目安となったのは、大砲の射程でした。「沿岸砲の砲弾が届くところは、その国の領海と認めていいんじゃないか」という考えで、大砲の平均的な射程を目安にして領海の幅が定められたといいます。国家の軍事力が及ぶ範囲の限界が、すなわちその国家の領有権の限界。国境を最終的に擁護するのは軍事力に他ならないことの、これは象徴的なエピソードではないでしょうか。
だから軍事力でもって島々を領有し、ひいては海を管轄しようという中国のやり方は必ずしも間違っているとは言い難く、19世紀やそれ以前ならばむしろ当然のやり口だというべきです。実際、中国はこの種のやり方で権益の増大に成功してきました。他国から見れば迷惑であっても、中国の政府と国民にとっては喜ぶべき成功です。
○あまりに正直すぎる、二周遅れの大国
しかし、中国のやり方と言い分は、21世紀の国家が口にし、実行する行為としては、あまりにも正直でありすぎます。
武力紛争へのプランを作るのは当然としても、相手国の本土への先制攻撃までやるんだと口外すれば、ベトナムら周辺諸国は警戒せざるをえません。軍事力をバックにして国境やEEZについて自国の主張を擁護するのは、どこの国もやっていることです。だからといって「国境って、ぶっちゃけ軍事力でどうとでもなるじゃん(大意)」とは、分かってはいても口に出して言うには生々し過ぎる言説です。
あたかも19世紀の国家が21世紀に出現したかのような様を、ここに見ることができます。軍事力を用いて領土を広げ、国益を増進するのは、19世紀には当然のことでした。しかし20世紀に二度の世界大戦を経て、そういうやり口はいけないことだというモラルが形成されてきました。 ことに世界大戦の舞台となったヨーロッパ諸国のショックは大きく、それが国境線を希薄化する現代のEUにつながっています。
ことに、日本には軍事力についての忌避感が強くあります。明治維新後の日本はヨーロッパの国々を見習って、遅れてきた帝国主義国として成り上がりました。しかし第二次世界大戦で散々な目を見てから、そのショックによって、どのような形であれ軍事力を保持したり用いたりすることに強い抵抗を感じるようになりました。
しかし中国はまだそういう痛い目を見ていません。中国にあるのは十分な武力を持たないせいで、酷い目にあった記憶のみです。武力によって国益を伸張したかつての列強によって19世紀、20世紀と、中国は好き勝手に食い物にされてきました。力を持たないせいで酷い目にあった記憶こそあれ、力を濫用したせいで酷い目にあった経験が、中国にはまだ無いのです。
昨年、中国との外交方針を批判された仙谷官房長官は「不安とおっしゃる方は19世紀型か、冷戦思考型で二国間の対立を過度にイメージしており、強いとか弱いという議論に終始しすぎる*4」と反論しました。これはもっともな言い分です。相手を打ち負かして自国の国益が伸ばせれば全てよしとする考えは、もはや古すぎる、歴史に学ばない態度であるかもしれません。
しかし同時に、未だ手痛い経験を経ておらず、従ってそれに学べていないのが中国だということも、弁えておくべきです。日本やヨーロッパのような世界観に辿り着いておらず、未だに軍事力を頼み、とにかく国益の拡大に邁進する、19世紀・20世紀的な世界観に、中国は留まっているように見えます。中国が古いルールに囚われているのをマネする必要はありませんが、しかし相手がそのように考え、動くということよく弁えておくべきです。
さもないと、二周遅れで出走した大物ランナーに、足元をすくわれるかもしれません。
おすすめ文献
中国の海洋進出についての書籍は、邦語ならば平松茂雄氏の著作がもっとも優れています。特に80〜90年代の「甦る中国海軍
」、「中国の戦略的海洋進出」、「中国の海洋戦略」の三本はすごくいい本でした。
一方で、最近の氏の著作は、商業的な都合か、はたまた世相を反映してか、煽情的で怪しげなタイトルのものが目立ちます。こういう売り方をするから日本の中国脅威論者は怪しげな極端論と一緒くたにされてしまうのであって、あまり感心しない売り方です。出版社も大変なのでしょうが…。商業的な都合はどうあれ、平松氏が優れたエキスパートでいらっしゃることは違いがないので、タイトルさえ気にしなければ近年の著作も良い本なのでお勧めしておきます。


















