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2018-11-15

「20世紀の平和主義」の終わり

さよならパクス・アメリカーナ。



ようこそ軍拡競争の世界へ! - maukitiの日記

先日INF条約離脱による軍拡時代到来を日記ネタにしましたけども、

仏大統領、「真のEU軍」の必要性強調 米ロからの自衛訴え 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

「欧州軍」創設、メルケル独首相も同調 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

ヨーロッパのための軍縮が壊れた以上、まぁ、そうなるよね。

 昨年大統領に就任して以来、欧州連合(EU)の合同軍の必要性を訴えてきたマクロン大統領は、民放ラジオ「ヨーロッパ1(Europe 1)」に対し、「われわれは中国とロシア、さらには米国に対しても自衛しなければならない」と発言。

 ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領が、1987年に結ばれた中距離核戦力(INF)廃棄条約からの離脱を表明したことに触れたマクロン氏は、「1980年代に欧州を襲ったミサイル危機後に締結された重要な軍縮条約から、トランプ大統領の離脱発表を目にする時、主たる犠牲者は誰になるだろうか。それは欧州とその安全保障だ」と指摘した。

仏大統領、「真のEU軍」の必要性強調 米ロからの自衛訴え 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 メルケル氏は演説の中で、欧州の将来のあり方について自身の見解を披露。欧州軍の構想については、北大西洋条約機構(NATO)の下での欧州と米国の協力と両立できるとの認識を示しながらも「欧州を守るには欧州自体が強くなるしかない」と強調した。

「欧州軍」創設、メルケル独首相も同調 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

現状EUの二巨頭である仏独のトップは、同じ言葉で「二重の意味で」アメリカ不在による危機を訴えている。

アメリカ軍が居なくなるということはヨーロッパの守護者の不在であるという直接的な一点と、そしてアメリカが真に信頼できる同盟でなくなるということは――直接的な軍事力対抗というよりは致命的な戦力格差から生まれる横暴に対しての発言力保持・意思表明としても――万一に備えておかなければならないという間接的な一点として。

概ね正論ではありますよね。本邦でも日米同盟破棄の「その後」について語られるお話でもある。

実際、先日日記ネタにしたようにヨーロッパの域内的平和としては彼らの平和構築の努力が実った結果としてそこでは確かに勢力均衡によらない恒久平和が実現していた。しかし一方で(主にロシアを見た)対外的平和としてはほとんどそのままアメリカの武力が担保していたわけで。であればこそ、彼らは徹底的な軍事費縮小という実戦が危ぶまれる程度には大きな『平和の配当』を享受してきた。

そのアメリカの覇権による平和が終わりの兆しが見えてきた以上、次にすべきことといえば……。


――といってもこれはヨーロッパに限らず、中東でも私たち日本が属する東アジアでも同様な構図ではあるでしょう。であればこそ、アメリカによる世界の一極構造は世界にパクスアメリカーナを実現し提供した。

ヨーロッパや、私たち日本が自称してきた「平和主義」ってつまるところそういう意味でもあったわけですよ。私たちはもう戦争をしない、でももし誰から攻められたら、常識的には考えられないけれど、もし、万が一、いざとなれば、アメリカが手を汚してくれるだろう、なんて。


……このままの現状が続くのであればこの平和はえいえんになるはずだった。歴史は終わるはずだった。ヨーロッパも、日本も、アメリカ軍のスーパーパワーがもたらした平和と安寧をむさぼることができるはずだった。


あの空気を読めない「T」がやってくるまでは。


アメリカの劇的な外交政策変更。でも単純に大統領の独断と偏見からというだけはなく、そこには(無論多数派ではないにしろ)民意が存在している。アメリカはもう『世界の警察』をするべきではない。敬意が払われないだけでなく、アメリカは同盟国から搾取されている!

こうした変化は、民主主義の宿命であると同時に、暴君であろうが賢君であろうが結局は寿命ある独裁政権の宿命でもあり、そしてそれはつまるところ私たち人間の限界でもある。私たちは痛みや苦しみを時間経過によって癒していくように、過去の教訓や決意をも忘れていく。そうした忘却と韻を踏んだ繰り返しこそ人類の歴史と言えるかもしれない。

でもしかたないよね。にんげんだもの。


20世紀にあった平和主義の前提は終わりつつある。

21世紀の平和主義 - maukitiの日記

ヨーロッパでは既にその方向に進みつつあり、では私たち日本の21世紀の平和主義とは?

みなさんはいかがお考えでしょうか?

2018-11-12

日本版ポリティカルコレクトネスに対する重大な違反行為

「ごはん」「原爆」「天(自主規制)」



日本のテレビ番組、防弾少年団の出演を見送り 原爆描いたTシャツ着用で - BBCニュース

うーん、まぁ、そうねえ。端から見ると、批判する側はもちろんとして、自覚あるのかないのか擁護する側も一周回って、

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とやっているようにしか見えないので、やはりすっかりネット上だけだったはずの日韓の諍いネタはそこにとどまらないほどのバズるネタとなってしまったよねえ。






ともあれ、もしこのお話にマジレスするなら「みんなも小菅先生の『ポピーと桜』を読もうね」で概ね終わってしまうお話ではあります。

実際、この立場(国)によって物事の捉え方が違うというのは、日韓だけが陥る問題というわけでは絶対になくて、

複雑な「けしの花」 英国の戦没者追悼シンボルをつける人とつけない人 - BBCニュース

今でも現在進行形で続く、ある意味普遍的なお話でもあります。ポピーも核兵器も、私たち人類社会が克服できないままでいるその一例に過ぎない。さすが元ブリカスだけあってイギリスはほんとこの辺の問題多いよね。それこそ今でもアメリカにおける「原爆投下が人命を救った」論が大きな影響力を持っているように、であればこそオバマさんの原爆についての画期的な当時の発言がニュースにもなったわけでしょう。あの画期性はそのまま私たちの間にある隔絶の証左でもある。


だから別に「原爆によって救われた」という人たちがいること自体もまったく不思議ではないんですよ。戦争がより長く続けば犠牲者が増えたのは間違いないように。より直接的に日本軍捕虜だった欧米兵士が原爆投下で救われたように。

問題は、もしそこで「核兵器反対」「核兵器がもたらす非人道的な虐殺」という認識も同時に兼ね備えているなら当然そこで同時にあるべき『躊躇』が見られなかった(ように多くの人には見えた)という点でしょう。

――もし「原爆による」独立復帰を祝うということは、同時にそれがもたらす惨禍も間接的に祝うことになってしまう。

上記小菅先生のお話でも見られるように、だからこそ原爆投下によって現実に救われた欧米捕虜たちですらその一部はその後深刻なジレンマに苦しめられることになったわけで。

もちろん私たちは他者の内心を真の意味で理解することなど究極的には不可能である以上、これも間違った偏見・言いがかりである可能性もある。しかし、なればこそふつう私たちは目に見える姿でそれを推測するしかないわけで。そして、よりによってそんなプリントのTシャツを着ているという事は……。


かくして現代日本における国家神話とも言うべき、「原爆投下」について重大なPC違反をしたと思う人たちは怒りまくることになる。でもしょうがないよね、だって私たちは世界唯一の被爆国として、小さいころから「あやまちは繰り返しませんから」と教えられてきたのだから。今回の騒動の中心って、反韓でも偏屈でもなくて、一番大きいのは戦後の日本の平和教育の勝利というべきだよね。

愛国心・国家神話とはちょっと違うようで似ているナショナリズムの一形態として。


他国社会において現地日本人がセンシティブな話題で地雷を踏むことが内外から等しく批判されるように、まったく同様に日本でもそうした行為が批判されること自体はまったく正当なお話でしょう。

韓国ではよくある反日的感情から、敢えてその逆鱗を狙ったならば、まぁこれ以上ないほど効果的な手法ではあるよね。あるいは元々BTSが嫌いな人たちがその過去を探して掘り当て煽ったというならば、扇動としてはこれ以上ないほど効果的な手法であります。

ただそれがあまりにも効果的過ぎたっていうだけ。日本人は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の防弾少年団を除かなければならぬと決意した。というレベルには。



さて置き、その上で、日本国内におけるこの「政治的正しさ」が外野(国外)から見てどのように判断されるかはまた別問題でしょう。今回の「核による勝利」も、今まさに彼らの同胞たる北朝鮮がそうしているように、悲しいかな全世界共通の政治的正しさというわけではない。ヒトラーも原爆投下も韓国内のPCではセーフなのでしょう。しかし、日本では違う、という意味に過ぎない。

だから今回の防弾少年団について、あくまで国内的なPCに過ぎず故に今回の件も無罪であるという擁護も可能ではあります。

――ただこれは過去の発言と一貫性を持っていなかったら墓穴を掘るので注意した方がよろしいと余計なお世話ながら個人的には思ってます。それこそ「物の見方が違うのでセーフだ」理論を用いると、かつての日本人たちの「国際社会でははずかしい」としてきた愚行、あるいは一部無邪気なネトウヨな人たちがいう植民地解放戦争だからセーフ理論だって、歪に擁護できてしまう。





原爆投下についての文化差について。

みなさんはいかがお考えでしょうか?

2018-11-09

通常日記

手抜き日記。













2018-11-07

21世紀の平和主義

もしこのまま脱国民国家な試みが失敗したら私たちが目指すべき平和は一体どうなっちゃうの〜〜〜〜????


メルケル独首相 長期政権を躓かせた難民政策 : 社説 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

社説:党首退くメルケル氏 EU束ねられる後継者を - 毎日新聞

メルケルさんの黄昏だそうで。最後の最後で欧州連合における絶対的教義でもあった国境開放が祟ったというのは、まぁなんというか皮肉なお話だよねえ。もしあの時難民に対して国境を閉ざすこと自体は簡単でも、しかしそもそもの欧州理念との整合性をどうすれば良かったのか等を考えると、難しい判断だったのだろうというのは理解できます。

良かれと思って平和を目指したはずがロクでもない結果を生んだというのは、まさにドイツあるあるではありますけども。

 メルケル氏の権威失墜と、長期政権の躓つまずきを招いた最大の要因は、難民政策である。

 15年に中東・アフリカから欧州に難民が大量流入した際、メルケル氏は人権理念を強調し、寛大な受け入れ策を推進した。治安悪化などを心配する国民の反発を呼び、「反難民」を掲げる新興右派政党の躍進につながった。

 イスラム教徒が多数を占める難民の受け入れは、文化的な摩擦を伴い、政治・社会問題化している。政権与党間でも、難民問題を巡る不協和音が絶えない。理想主義を掲げたメルケル氏の当初の見通しは甘かったのではないか。

メルケル独首相 長期政権を躓かせた難民政策 : 社説 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

概ね失敗したと言っていい国境開放について。しかし、現代では一部の平和主義者のイコンにもなっている某ジョンレノンの「国境を無くそう」のような考え方って、それでも概ね正論ではあったんですよ。

そもそも国民国家という性質は「自国とそれ以外」を明確に区別することが大前提となっていて、つまり『国境』についての厳正な管理はその根幹を担う国民国家の特質でもある。非効率的な帝国主義を捨てることにしたヨーロッパ諸国は、代わりに国民国家化を進めることで大きく飛躍することに成功した。

――ところが、そうした国民国家というシステムは、勢力均衡によって国際関係に地域に平和をもたらすということには結局失敗した。最初にそれを始めたヨーロッパでは、まず一度失敗した。挙句に二度目も失敗した。ぶっちゃけると世界全体を巻き込むレベルで、自国とそれ以外という分断をした国民国家は二度も大失敗=大戦争をした。

ついでにいうと「善意で(重要)」それを無理矢理に導入させた=国境を適切に画定させてあげた旧植民地であるアジアやアフリカでも失敗していて、現地の彼らはそのツケを今でも支払い続けている。


ならば国民国家の枠組みを超越した存在になるしかないじゃない! そう、EUならね。


戦後から徐々に始まり冷戦後には更に活発になった、国連とEUを先頭にした「既存国家を超えた」枠組みである多国間条約や機関の創設――ぶっちゃけると乱立ってこういう論理の下に勧められたわけですよね。

トランプさんのような人たちは反発しますけども、国民国家同士の平和構築が致命的に失敗する可能性がある以上、別の枠組みでそれを目指すしかないというのは正しいでしょう。日本でも某鳩山さんが東アジア共同体を言ってましたけども、まぁ確かにこうした背景において平和を目指す手法としては正論ではあったんですよ。

ヨーロッパでは成功見込みがあっても、ヨーロッパ以外の世界では、東アジアでは(日本の民意という意味でも、中韓の日本への意識という意味でも)まず実現しないという現実にさえ目をつぶれば確かに世界のトレンドだった。


以前にもシェンゲンが謳う国境の移動の自由こそがEU設立の根幹の価値観の一つであるというお話をしましたけども、上記戦後ヨーロッパが目指した「平和」のあり方を考えれば、そうなるのは当然の帰結なんですよね。だってそれこそが既存の(国境を基礎にした)国民国家を超えたことを証明する、名実共にハードルの一つでもあったから。

であるからこそ欧州連合とは、戦争に明け暮れた過去のヨーロッパとの決別でもあった。

別に『国境開放』という先進的で欧米的なリベラルな価値観が失敗すること自体はそこまで痛手ではないんですよ。しかしその試みの背景にあるのは、国境を開放することで国民国家の性質を弱め、そして国民国家というシステムが招く戦争とい避けがたい災厄を避けるという点でもあった。

つまり国境開放がかのような――それが致命的なのか些細なのかは諸説あるとしても――失敗を生み地域住民の反発を受けるということは……。


国境開放が失敗するということは脱国民国家の失敗であり、そして大戦以来目指してきた平和な国際関係構築の失敗でもある。

ということは我々は既にそうなりつつあるように、いつまでたっても進歩のないリアリズム「国家は永遠に闘争状態にあり、故に勢力均衡こそ我らが目指すべき永遠である」という古典的な国際関係現実主義へ舞い戻るしかないのか? 

そうでなければ国際関係リベラリズムはこの先何を目指すべきなのか?



憲法9条と世界唯一の被爆体験から「日本こそが平和世界の旗頭であるべきだ」という見ているこっちの方がちょっと恥ずかしくなってしまうような自分たちの優越性を誇示する過激なナショナリストな人たちは本邦には少なくありませんけども、ならばそんな私たちは脱国民国家的試みが失敗しそうな今、一体どのような『平和』についてのビジョン・グランドデザインを提示すればいいのでしょうね? 


もともと自分たちさえ平和であればいい一国平和主義な、日本の人はそこまで考えていないと思うよ。

……とか身も蓋もないこと真顔でツッコむのは禁句です。


みなさんはいかがお考えでしょうか?

2018-11-02

通常日記

手抜き日記。


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  • 米国の「BLEXIT」とは 歴史をどう間違えているのか - BBCニュース
    • 白人が既にそうなっているように、黒人もアメリカの移民ニューカマーたちにとっては「既得権益側」と見ることは結構あるあるなお話でもあるわけで。まぁこういう人たちが出てくるのもまったく不思議ではないよね。むしろ民主党支持が当然という暗黙の了解・圧力・空気こそが、こうした動きを実際以上に大きく見せている要因は絶対にあるわけでしょう。その点を指摘しないのは誠実ではないよねえ。




  • 戦場ジャーナリストと自己責任 – mhatta's mumbo jumbo
    • 『自己責任』の定義=範囲というお話なのかなあ。その行為へ向けられる批判(もちろんデマやフェイクは論外として)も許容すべき自己責任の範疇か? と聞かれると、うん、まぁ、そうかなあ派。