玉の井は現在の東向島5丁目あたり。空襲で消滅し、いまは痕跡もない。 昭和11年(1936) 9月7日、暑いので夜隅田公園を散歩した。芝生、腰掛、池のほとりなど所を選ばずほとんど裸体にひとしい不体裁な身なりの男が大の字なりに横臥しているのを見る。これは不良の無宿人ではない。散歩の人でなければ近所の若い者なのだろう。女を連れ歩んでいるものも少なくない。およそ東京市内の公園は夏になればどこもみなこのようで、紙くずとバナナの皮とが散らばったなかに汚れたシャツ一枚の男が横臥睡眠しているのを見るのである。 言問橋を渡り乗合自動車で玉の井にいたる。今年三四月のころからこの町のさまを観察しようと思いたって、お…