卞氏(べんし、160年〜 230年)曹操の妻、曹丕、曹彰、曹植、曹熊の実母。また、父は卞遠(敬侯)、弟は卞秉、祖父は卞広(開陽恭侯)。聡明で慎み深かったとされる。正史『三国志』の『魏書』に、「武宣卞皇后伝」として、独立した伝が有る。『三国志演義』にも登場する。
元は歌妓であったが、20歳の時、譙に居た曹操に見初められ、側室となった。後年、曹操のお供として、洛陽に行った。
文字霊日記・3443日目 パイの配分は平等とはならない・・・ 「菌圥(キンロク)=きのこ(茸 ・木之子)」のパイはドウ? ↓↑ 概ね・概略のカンジの再考 木=十+八 ↓↑ ↓↑ 十八(壱+拾+八)+日+丄(上)+乂(メ) 壹+拾+捌 +ヒ(七・匕=匕首・さじ=匙) +ム(私・我・自・己=よこしま) ↓↑ ↓↑ I(I・I・Ⲓ・ⅰ・1) 概=木+既(艮+旡) 既 无部 旣 木+艮+旡・・・炁恧惥恚怘恋 㤅=旡+心 =爱=爫+冖+友 爫+冖+又 =愛=爫+冖+心+夂 ↓↑ ↓↑ 概念は アイ・マイ・ミィ 時代と共に変容し 国によっても異なる サラに・・・「沙羅・紗羅・讃良」に「双樹・送受・惣拾」 …
文字霊日記・3442日目 「とりインフルエンザー」・・・ 「卵(ラン・たまご=玉子)」の値段 ・・・330円÷10=33円・・・ 参拾参の円? 簒廿纂の縁 ↓↑ 概ね・概略・ 木=十+八 ↓↑ ↓↑ 十八(壱+拾+八)+日+丄+乂・・・壹+拾+八日+ム ↓↑ ↓↑ 概=木+既(艮+旡) 既 无部 旣 木+艮+旡・・・炁恧惥恚怘恋 㤅=旡+心 =爱=爫+冖+友 爫+冖+又 =愛=爫+冖+心+夂 ↓↑ ↓↑ 東部の親ロシア派支配地域と (ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国) クリミア半島を連結し オデッサ目指した ロシア軍のウクライナ侵略戦争ー↓↑ー ウラジーミル 裏 字意見 ウラジーミロヴ…
曹丕が甄氏から心が離れた理由、甄氏が何だか曹操・卞氏に取り入ってやけに気に入られるようになったから説。 本来は正妻候補が気に入られた方が自分の地位にとっても有益ではあるが、曹丕としてはプライド傷ついたんじゃねえかな、って・・・。
文帝即王位、遷鎮東將軍、進爵武安郷侯、都督青州諸軍事。及踐阼、進封開陽侯、徙封良成侯。 (『三国志』巻十八、臧霸伝) 初、太后弟(卞)秉、以功封都郷侯、黄初七年進封開陽侯、邑千二百戸、為昭烈將軍。 (『三国志』巻五、后妃伝、武宣卞皇后) 臧覇は開陽侯から良成侯に転封されているが、これもしかして皇太后卞氏の弟卞秉を開陽侯にするために配置換えされたものか・・・? 卞氏は開陽県出身なので、皇太后一族卞氏への特別待遇として出身地を領土としたのではなかろうか。
大分県のダンワラ古墳を取り上げる。そしてその古墳から出土したとされる金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡など紹介する。次の流れで紹介していく。 ・ダンワラ古墳・金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)・曹操集訳注における金錯鉄鏡の記述・魏の曹操の陵墓から出土した鉄鏡と金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡との接点・西高穴2号墓(せいこうけつ2ごうぼ) ■ダンワラ古墳かつて大分県日田市日高町にあった古墳。金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)が出土したとされる古墳。この鉄鏡は国の重要文化財に指定されている。 鉄鏡の発見から古墳の調査までに30年が経過した。またその後古墳が線路工事によって…
瑯邪の劉勲(征虜将軍)って、なんか妙に曹操の元で厚遇されてたみたいだなあ・・・。 降伏して列侯になったというならほかにも似たような者がいたわけだが、曹操と旧くからの知り合いだったというだけで「貴寵驕豪」とまで言われるものなんだろうか。 瑯邪国というと曹操の父曹嵩の疎開先だったり、国を挙げて曹操を推していたり、妙に曹操との距離が近い気がする。卞氏の出身でもあるし。 何か明言されていない事情があるんだろうか。劉夫人の実家とか。
さて、今回紹介するのは曹熊の紹介じゃな。彼は曹丕、曹彰、曹植等と同じ卞氏の子に当たる人物なんじゃよ。とは言え上の三人ほど彼は目立たん存在じゃな。それは彼が早くに亡くなってしまったからかのう。
・紹 / 尚 / 熙 / 術 →袁○ ・汝陽県の出身 / 197年に自ら皇帝の名乗る / 字は公路 / 袁紹のいとこ →袁術 ・允 / 朗 / 累 / 昶 →王○ ・「月刊コミック@バンチ」連載 / 成長することをやめた軍師たち / 主人公は郭嘉 / 作者は緒里たばさ →『王者の遊戯』 ・曹操の配下 / 元々は董卓の配下 / 字は「文和」 / 曹操の後継者決定に助言を与える →賈く ・劉備の元で活躍した武将 / 呉軍との戦いに敗れ戦死 / 字は「雲長」 / そろばんの発明者とされる →関羽 ・劉備の元で活躍した武将 / 定軍山の戦いで活躍 / 字は「漢升」 / 老いてますます盛ん →黄忠 ・2…
・193年に、曹操が率いる軍が侵入し数万人の人民を虐殺したという古代中国の州は? →徐州 ・219年に劉備が漢中王を名乗った際、漢中王后に立てられたのは? →呉夫人 ・1982年から1984年にかけてテレビ番組『人形劇三国志』を放送したテレビ局は? →NHK ・1985年に日本テレビで放送されたアニメ『三国志』で、女性として描かれた武将は? →于禁 ・1991年にアーケードゲーム『クイズ三国志-知略の覇者-』を発売したメーカーは? →カプコン ・2007年より夏に「三国志祭」が開催されている、『三国志』で知られる漫画家・横山光輝の出身地といえば? →神戸市 ・2013年に配信が開始されたコロプ…
皆さんこんにちは。前回は三国志に出てくる国のひとつ、蜀漢が成立した地「四川盆地」について記事にまとめてみました。 ↓前回の記事 kohunzakki.hatenablog.com じゃあ今回も魏か呉の地理をやるのかというと、そういうわけでもなく今回は三国志に登場する英雄のひとり、曹操の陵墓から得られた情報について話していこうと思います。 どうぞ、お楽しみください。 曹操について 西高穴2号墓について 西高穴2号墓が曹操の陵墓である根拠 曹操の歯について まとめ 曹操について まずは曹操の人生について紹介していきます。 曹操(後漢末期 155年に生まれ、220年まで生きた人物) 曹操は、後漢末期…
文字霊日記・3345日目 七夕 旧暦七月七日 今年 新暦 2023年・08月・22日 癸卯・庚申・癸丑 織姫星(ベガ)=織女 彦星(アルタイル)=牛郎 逢瀬の有無・是非 白鷺(しらさぎ) 乞巧節(キッコウセツ) 『詩経』 『文選・古詩十九首』 『西京雑記』 漢の采女が七月七日に七針に糸を通す 「乞巧奠(キコウデン)」・・・乞う巧みな奠? 『荊楚歳時記』 針仕事の上達を祈った 六朝・梁代 「殷芸(インウン)」の 『小説』 「天の河の東に織女有り、天帝の女なり 年々に機を動かす労役につき 雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇なし 天帝その独居を憐れみて 河西の牽牛郎に嫁すことを許す 嫁してのち機織りを…
昨日の話の補足だが、卞氏の件の言動が実は近臣や下々には不評だったとすれば(たぶんそういう要素はあったと思う)、その悪影響を直接受けるのは祝われる対象である曹丕だろう。 この「母が政治に口を挟んで色々台無しになった」(曹丕目線)という体験は、曹丕が皇帝になってから皇太后から権限を取り上げるような行動に繋がったりしないだろうか?
文帝為太子、左右長御賀后曰「將軍拝太子、天下莫不歡喜、后當傾府藏賞賜。」后曰「王自以(曹)丕年大故用為嗣、我但當以免無教導之過為幸耳、亦何為當重賜遺乎!」長御還、具以語太祖。太祖悦曰「怒不變容、喜不失節、故是最為難。」 (『三国志』巻五、皇妃伝、武宣卞皇后) この卞氏の話、つまりは曹丕が王太子になったことを祝って周囲や下々に蓄えから下賜しよう、という提案を拒絶したということだから、つまり忠誠心を金で買うイベントをしなかったということになるんじゃないか。 ある意味では吝嗇、部下に恩賞をケチる、とも言える態度である。 曹丕がどうも人気があるように感じず、結局また曹操周辺から曹植への交代を言い出す者…
そういえば曹丕たちの実母である卞氏は、曹彰や曹植を殺そうとすることについてはいろいろ言っているわけだが、後継者争い自体にはあまり口を出している感じがしない。 思うに、全員が自分が生んだ子なので、誰が後継になってもいいからみんな元気でいてほしい、という感じなのだろう。 だから、実子以外が後継になるかもしれない、自分や実子の地位が危ういかもしれない、となったら話は変わるのではないかと思う。 実際にそういった状況になったのは曹沖の時くらいではあるが。
この魏文帝と美味しい棗の話を見ると、皇太后卞氏のもとで文帝(曹丕)と曹彰が一緒にいた、という状況で曹彰が苦しみだしたという感じだったらしい。 思うに、曹彰は兄曹丕による粛清なり毒殺なりをそれなりに警戒していたが、自分にとっても曹丕にとっても実母である卞氏が一緒にいるならば下手な手出しはされないだろう、ということで曹丕と実母の前に出てきたという感じだったのではなかろうか。 つまり曹丕からすると滅多にない曹彰抹殺チャンスであると同時に、実母卞氏に邪魔されないようにしなければいけない難関でもあったわけだ。 そこで毒殺トリックを仕掛けて棗を食わせることになったのだろう。