五月。君、右府の居城、近江の安土にわたらせたまへば、穴山梅雪もしたがひ奉る。右府、おもたゞしき設ありて、幸若の舞、申樂など催し饗せられ、みづからの配膳にて、御供の人々にも、手づからさかなを引れたり。 右府、「やがて京へのぼらるれば、君にも京、堺邊まで遊覽あるべし」とて、長谷川竹丸(後に藤五郞秀一といふ)といへる扈從を案內にそへられ、「京にては、茶屋といへるが家(茶屋四郞次郞。本氏は中島といふ。世々豪富之)を御旗舘となさるべし」とて、萬に二なく沙汰せらるれば、君は先立て都にのぼらせ給ひ、和泉の堺浦までおはしけるが、「今は織田殿もはや上洛せらるゝならむ。都にかへり右府父子にも對面すべし。汝は先參て…