梅雨時にしては涼しい夜であった。夜に出かけることはめったにないのだが、その晩は所用があり、外出していた。京都にしてはモダン(建てられた当時は)な意匠の古いビルと古風な民家が混在している通りを歩いていると、遠目にも商家らしき家の玄関(げんか)の前に白い花が置いてあるのが目にとまった。胡蝶蘭であった。最近開店した店には見えないし、不思議に思って開いていた扉の向うを垣間見ると豆腐屋さんのように見えた。軒下には京都の旧家でよく見かける「ばったり床几」と呼ばれる折り畳み式の長椅子が設えてあり、そこには一人の御老人(同年代だけど)が浴衣姿で座り、夜風にあたり涼んでいた姿がまるで明治期の版画を見ているようで…