アッツ島の戦い(あっつとうのたたかい)
1942年、太平洋戦争中、米軍のアッツ島奪還を目的にした日本軍と米軍との戦闘。アッツ島守備隊は、大本営が南方戦線の戦局打開を優先したため孤立、物資不足もあり、アメリカ軍上陸半月後に全滅。戦死者2638名、生還者27名。陸軍大佐山崎保代を先頭に、全員が死を決意し凄まじい戦いを繰り広げ玉砕、「バンザイ・アタック」の名とともに今も称えられている。