アルマダ海戦

(社会)
あるまだかいせん

スペイン無敵艦隊とイングランド海軍の抗争の頂点をなす一連の海戦。スペイン側は英本土征服を目指し、陸兵を英本土に上陸させることを目的としていたが、イングランド海軍によって阻まれ、帰途に艦隊は悪天候・補給不足などで壊滅した。

  • 日時:1588年7月21日〜7月30日
  • 場所:英仏海峡(プリマス沖〜グラヴリーヌ沖)
  • 参加陣営:イングランド(海軍最高司令官ハワード・オブ・エッフィンガム)vsスペイン(メディナ・シドニア公)
  • 参加兵力:イングランド艦隊197隻。スペイン艦隊130隻。

主な動き

7月21日:プリマス沖海戦(イングランド側の攻撃に始まったが、スペイン側の陣形を崩すことができず)
7月23日:ポートランド沖
7月25日:ワイト島沖
7月27日:カレー沖(アルマダはパルマ公の陸軍との合流を期していたが、準備不十分を理由に断られた)
7月28日〜29日:グラヴリーヌ沖海戦(イングランド側が焼き討ち船による攻撃を仕掛け、これによってスペイン艦隊は混乱、損害を受けた)
7月30日:シドニア公、イングランド侵攻の中止とスペインへの帰還を決定。イングランド艦隊の追撃を避けるためにスコットランドを越える北回りの航路をとる。

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