1931年1月14日生まれ。50年代末から70年代前半にかけて、ドイツを中心にヨーロッパそして世界で活躍した歌手。
ポップス、ジャズ、シャンソン、カンツォーネ、ボサノバなど広範なレパートリーを持ち、”歌う通訳”と呼ばれた。
スペイン系の父とイタリア人の母の間に、パリで生まれる。母親の音楽的素養を受け継ぎ、10代のころからステージに立ち、ドイツのバンドリーダー、クルト・エーデルハーゲンに認められ、専属歌手になったのをきっかけに、世界的名声を得るようになった。
日本では、『エリーゼのために』をアレンジした『情熱の花』(フランス語)が良く知られ、ザ・ピーナッツが日本語でカバーし、ヒットした。
また、逆にザ・ピーナッツの持ち歌「恋のバカンス」「ウナ・セラ・ディ東京」を日本語でカバーし、これもヒット曲となっている。