ひどく厄介な気持ちだった。二つの想いが自分を満たす。見知らぬ地の風景に触れその空気を吸いたい。しかし一方では家の中でゆっくりと妻と時を過ごしたい。相反する思いは満ち潮と引き潮のような関係だった。波間に木の葉のボートでも浮かばせてみよう。奥に流され手前に戻される。そのうちに転覆して沈むだろう。 少し遠出しよう。知らない街へ行ってみよう。それが北なのか南なのかも分からない。気の向くままに行くのだ。薄暗くなったら町外れにでも車を停めて寝よう。翌朝が良い天気ならばあたりの山に登るかもしれない。自転車で走るかもしれない。雨に降られたら初めて見る土地を歩き耳にしたこともない方言を聞くだろう。坂道を登れば視…