ジム・モリスン

(音楽)
じむもりすん

Jim Morrison(本名 James Douglas Morrison)
(1943年12月8日 - 1971年7月3日)

1960年代に活動したアメリカのロックバンド・ドアーズのボーカル、詩人。
バンドの大部分の楽曲の作詞をし、またそれとは別に、数冊の詩集を発表した。

略歴


ジム・モリスンはアメリカ海軍の提督ジョージ・スティーヴン・モリスンおよびクララ・クラーク・モリスン夫妻の息子としてフロリダ州メルボルンで生まれた。
彼は厳密で保守的な両親によって育てられたが、両親の教育とは徹底的に異なった価値観での作品表現を行った。


1964年の1月に家族の反対を押し切りUCLAの映画学科に編入する。
UCLAで彼はレイ・マンザレクに出会い、彼に自作の詩を読んで聞かせた。
マンザレクは彼の詩に惹かれ、バンド「ザ・ドアーズ」を結成した。

バンド名「ザ・ドアーズ」は、ウィリアム・ブレークの詩「忘れがたい幻想」から取られたオルダス・ハックスレーの『知覚の扉』The Doors of Perception が元となっている。

彼は自らを「ミスター・モジョ・ライジン Mr. Mojo Risin'」とした。それは「ジム・モリスン Jim Morrison」のアナグラムである。
そしてそれは彼の最後のシングル「L.A.ウーマン」のリフレインに用いられた。
さらに彼は「トカゲの王 The Lizard King」と呼ばれた。
それはアルバム『太陽を待ちながら』の中に現れる彼の有名な叙事詩「ザ・セレブレーション・オブ・ザ・リザード」から来ており、それは1990年代にミュージカルとして上演された。


ザ・ドアーズの結成前からモリスンは様々な薬を服用し、多量の飲酒で様々などんちゃん騒ぎに耽った。時にはレコーディング時も酔っぱらい、その様子は多数録音された。
「ファイヴ・トゥ・ワン」の中では彼のしゃっくりが聞かれる。
また、ジミ・ヘンドリックスとのセッションでも酔っぱらった様子が録音されている。


1969年3月、マイアミでのコンサートで彼はズボンを下げ自慰行為を見せたと言うことで逮捕される。モリスンの逮捕と共に、バンドは反社会的存在のレッテルを貼られ、ライブ活動は縮小していった。
1970年12月12日のニューオーリンズでのステージを最後にモリスンはライブ活動を停止した。彼は著作に専念するため1971年3月にパリへ移り住んだ。

ジム・モリスンは1971年7月3日にパリのアパートでバスタブの中で死体として発見された。死因は公式には心臓発作と発表された。。
モリスンの死はジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスに続く「三番目」の奇妙な死とされた。

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