前をじっ、…と、見ている。 バンコクの、とある交差点の近くにて、丸椅子に座り、低くもなく高くもない、肘を置くのに丁度いい高さのテーブルを前に、横断歩道を行き交う人や、左右から横切る人を眺めている。 時折、テーブル傍らの鍋のふたを開けて覗き込んだり、引っかけておくべきビニールを補充するためにその背をかがめたりするが、たいてい、前を向いて頭は動かさず、細い瞼の奥にある瞳だけをキョロっとさせている。唇はキッと閉じられたままの一定な表情で、誰かとお喋りに花を咲かせる、という場面も見たことがない。 浮き立つ、明るい赤の口紅。おかっぱ丈の、もじゃもじゃ髪。イメージとして浮かぶのは、「観音様」の絵だろうか。…