中国大陸東南部に住んでいる壮族(チュワン)族は、12世紀の南宋時代には「力強く抵抗する」という意味で「撞」と記され、明・清時代には「獞」の字が当てられていた。そして、中華人民共和国になった1949年以後は「僮」と表記されていたが、1964年に現在の「壮」の字になった。いずれも中央政府からの呼称で、壮族自身の呼称ではないが、今日では現地でも一般的に壮である。 壮族の青年と娘 自治区博物館長李士英さん(60歳)と筆者 壮族衣装の若い男女 広西壮族自治区の成立は1958年で、総人口3300万人のうち1000万人が壮族であり、雲南・貴州・四川省などにも100万人いる。中国55の少数民族の中では最も人口…