まさにタイトル通り。インドのパル判事に次ぐ東京裁判判事団の叛乱である。ただパル判事の場合は被告全員無罪であったものがレーリングの場合はかなり違う。 多数派の判事の判決の要旨を見るにつけ、私はそこに自分の名を連ねることに嫌悪の念を抱くようになった。これは極秘の話ですが、この判決はどんな人にも想像できないくらい酷い内容です。1948年7月6日。友人の外交官への手紙より とニュルンベルク裁判での判決を東京裁判に強引に当てはめようとする判事たちへの反発が書かれている。レーリンクは、当時の国際法から見て「平和に対する罪」によって死刑を適用すべきではないと主張した。他にも、 1東京裁判の管轄権は太平洋戦争…