岩波文庫165ページ「しるべし、安楽兜率といふは、浄土天堂ともに輪回することの同般なるとなり。行履(あんり)なれば、浄土天堂おなじく行履なり。大悟なれば、おなじく大悟なり。大迷なれば、おなじく大迷なり。これしばらく行仏の鞋裏の動指なり。あるときは一道の放屁声(ほうひしん)なり、放屎香(ほうしきょう)なり。鼻孔(びくう)あるは齅得(きょうて)す、耳処(にしょ)・身処(しんじょ)・行履処(あんりしょ)あるに聴取(ちんしゅ)するなり。又、得吾皮肉骨髓(とくごひにくこつずい)するときあり、さらに行得(あんて)に他よりえざるものなり。 安楽とか兜率というのは、浄土とか天堂といわれるものと同じように、繰り…