フランスの劇作家・詩人にして、音楽・美術に関しても優れた評論を物したアンリ・ゲオンは、その著「モーツァルトの散歩」(1932年)において、この天才作曲家の音楽に具わる特質の一つを、「流れゆく悲しさ(tristesse allante)」「爽快な悲しさ(allegre tristesse)」という有名な言葉で表現しています。 もっとも、この言葉が我々日本人にとって「有名」なのは、後の1946年12月、小林秀雄が「創元」創刊号に発表した評論「モオツァルト」の中で述べた「モオツァルトのかなしさは疾走する」によるわけですが、当該箇所の直前に、「ゲオンがこれをtristesse allanteと呼んでい…