【私本太平記16 第1巻 大きな御手〈みて〉⑧】 「あれを見い、右馬介」 「おあとに、何か」 「いや、覚一の姿が、まだわしたちを見送っておる」 「はて。見えもせぬ眼で」 「そうでない。見える眼も同じだ。 わしたちを振向かせているではないか」 ——この日、都を離れた主従は、 当然、数日後には、 東海道なり東山道の人となっているべきはずなのに、 やがて正月十日の頃、二人の姿は、 方角もまるで逆な難波《なにわ》ノ津(大阪)のはずれに見出された。 渡辺党の発祥地《はっしょうち》、 渡辺橋のほとりから、昼うららな下を、 長柄《ながら》の浜の船着きの方へ行く二人づれがそれで。 「若殿、どうしても、思い止ま…