左馬頭 「さて、また同じころ、まかり通ひし所は、 人も立ちまさり心ばせまことにゆゑありと見えぬべく、 うち詠み、走り書き、掻い弾く爪音、手つき口つき、 みなたどたどしからず、 見聞きわたりはべりき。 見る目もこともなくはべりしかば、 このさがな者を、うちとけたる方にて、 時々隠ろへ見はべりしほどは、 こよなく心とまりはべりき。 この人亡せて後、いかがはせむ、 あはれながらも過ぎぬるはかひなくて、 しばしばまかり馴るるには、 すこしまばゆく艶に好ましきことは、 目につかぬ所あるに、うち頼むべくは見えず、 かれがれにのみ見せはべるほどに、 忍びて心交はせる人ぞありけらし。 神無月のころほひ、月おも…