可笑記

可笑記

(一般)
かしょうき

『可笑記』(かしょうき)

随筆的仮名草子。版本、5巻5冊。

作者
如儡子(にょらいし)・斎藤親盛(さいとう ちかもり)
版本の奥書には「于時寛永十三/孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」とあり、「如儡子」の署名はない。しかし、当時の書籍目録にも「五冊 可笑記 大小 如儡子作」(寛文10年刊『増補書籍目録 作者付大意』)とあり、二本松藩の『相生集』にも『可笑記』及び作者に関して、詳細に記されているので、この「江城之旅泊身」が如儡子・斎藤親盛であることは明白である。

成立
寛永6年(1629)執筆開始か。二本松藩の『相生集』の編者は、斎藤家の子孫から『可笑記』の写本を見せてもらい、その跋に「寛永六年の秋の頃に思ひ初て、拙き詞をつゞり初め、……」とあったと記しているので、執筆開始は、親盛27歳の寛永6年としてよいだろう。最上家を辞し、浪人となって七年後のことである。

内容 
中世の随筆、吉田兼好の『徒然草』の形式にならった随筆風の形式をとっている。巻1=48段、巻2=48段、 巻3=42段、巻4=52段、巻5=90段、これに、序と跋を加えて、全282の長短の文章から成る。
各段の配列は、相互に深い関連はなく、内容別に分類すると、一般人の心得に関するもの115段、侍の心得に関するもの51段、主君の道に関するもの39段、身辺雑記的なもの25段、儒教・仏教に関するもの22段、説話的なもの13段、その他15段となっている。

特色 
この作品は、中世の『徒然草』の影響を受けているが、『徒然草』のように来世思想に基づくものではなく、近世初期の作品にふさわしく、明るい現世肯定・人間重視の立場から述べられている。第一の特色は、鋭い批評精神にあり、その批判の対象は、主として、無能な大名や、大名を補佐する、家老・出頭人に向けられている。「如儡子」というペンネームを使い、各段「昔さる人のいへるは」と書き出して、現実の話ではないような形式をとっているのは、この厳しい批判をカムフラージュするための手段であったと思われる。
次に注目すべき特色は、作品の文体である。当時の他の仮名草子作品の多くは、中世的な雅文体であったのに対して、この作品は、漢語や俗語など、現実に使われている言葉を自由に取り入れた、一種の俗文体で書かれている。この簡潔明快な文体は、神や仏に救いを求めることなく、人間の力を信じ、来世よりも現世を重視する、近世初期の新しい社会を表現するのに適したものであった。
次に指摘すべき点は、作者が、一段一段を作る時、実に多くの先行著作を摂取しているということである。長い戦乱で文化が中断していたこともあり、近世初期の人々は、自分たちの作品を創る前に、まず、古代・中世の文化の吸収・理解から着手した。仮名草子において、典拠の問題は、全体の作品にわたって言えることである。『可笑記』が多く利用した先行作品は、『徒然草』と『甲陽軍鑑』である。『徒然草』では、その注釈書の『野槌』や『寿命院抄』も利用している。そのほか、『沙石集』『十訓抄』『清水物語』『童観抄』『巵言抄』『論語』『孟子』などをはじめ、日本や中国の広範囲の著作に及んでいる。親盛は、若い頃、諸国を遊学して、書写するところの写本は数百巻に及んだと言うが、その素養が活かされているものと思われる。そして、これらの先行著作の利用にあたって、作者はそれらを充分に消化して、自由自在に取り入れている。その力量は高く評価してよいものと思われ、これも、この作品の重要な特色となっている。

諸本
1、写本、5巻10冊、寛永12年成立。 二本松藩士・大鐘義鳴は、天保12年(1841)に、『相生集』の「文学」の項を執筆するに当たって、斎藤親盛の子孫、9代・英盛から、斎藤家に代々伝わる資料を閲覧している。その中に『可笑記』の写本があったという。その序には「寛永十二年孟陽中幹東海旅泊身如儡子綴筆」とあり、跋には、「寛永六年の秋の頃思ひ初めて、拙き詞をつゞり初め、……万治庚子孟陽中幹武心士峯居士跋書」とあったという。この斎藤家の資料は、現在、所在が未詳であるが、今後、発見される可能性は十分にある。
2、寛永19年版11行本、大本、5巻5冊。この作品の初版本であり、写本に次ぐ原初的な形態を伝えている、最も優れた本文である。奥書には「于時寛永十三孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」 (1636)とあり、刊記は「寛永壬午季秋吉旦刊行」(寛永19年、1642)とある。
3、寛永19年版12行本、大本、5巻5冊。この12行本は、11行本の準かぶせ版であり、11行本をかなり忠実に伝えている。句読点を付加し、振り仮名を多くして、その普及に役立った点に意義がある。11行本を利用して1行増やしたもので、奥書も刊記も11行本と同じである。刊行年は断定できないが、慶安元年(1648)頃の刊行かと推測している。
4、無刊記本、大本、5巻5冊。この版は、12行本を底本にしたものと思われるが、特殊な表現を一般的に改め、回りくどい文章を簡略化し、話し言葉を書き言葉に改め、仮名を漢字に改め、字体も小さくしており、12行本以上に普及版としての性格を持っている。後続の絵入本や可笑記評判が、共にこの無刊記本を底本にしたものと推測され、その意味では、この本文は流布本的存在であると言い得る。
5、万治2年版絵入本、半紙本、5巻5冊。無刊記本を底本に使用し、底本に対して忠実であるが、むしろ盲従的である。機械的な誤読・誤刻が多く、劣った本文と言える。しかし、この版は師宣風の挿絵・41図を付加し、半紙本という軽装版にして読者に応えたという点で意義があったと思われる。
6、万治三年刊、可笑記評判、大本、10巻10冊。著者は浅井了意。厳密には『可笑記』の諸本には入らないが、『可笑記』の本文の大部分を収録しているので、参考として加えてもよいだろう。本書は、まず、可笑記の本文を掲げ、1字下げて、批評を加えるという体裁をとっている。可笑記本文の底本は無刊記本を使用したものと推測される。無刊記本の誤りを正す事も多いが、誤脱は多く、可笑記本文としては最も劣ったものと言い得る。全280段の内、批評を付加したのが231段、批評を省略したのが46段、可笑記本文・批評共に省略したのが3段となっている。

複製
1、仮名草子選集・国立台湾大学図書館本影印(1972年1月、台北・大新書局発行)。寛永19年版11行本の複製で、巻頭に、巻1・巻3・巻5の原表紙の写真を掲げ、略書誌を付す。複製は、原本を解体して、1丁開いた形で収めている。
2、可笑記大成―影印・校異・研究―(田中伸・深沢秋男・小川武彦共編著、昭和49年4月30日、笠間書院発行)。寛永19年版11行本を複製し、脚注の形式で、寛永19年版12行本・無刊記本・万治2年版絵入本との校異を掲げる。

翻刻
1、徳川文芸類聚・第2・教訓小説(朝倉無声例言、山田安栄・伊藤千可良・岩橋小弥太校、大正3年6月25日、国書刊行会発行)。振り仮名は省略。巻1は無刊記本、巻2〜巻五は寛永19年版11行本を底本に使用しているものと推定される。
2、近代日本文学大系・第1・仮名草子集(笹川種郎解題、昭和3年12月18日、国民図書株式会社発行)。送り仮名・振り仮名など、原本とはかなり離れており、異同関係から推測すると、『徳川文芸類聚・第二・教訓小説』を参照して本文作成をした可能性がある。なお、『可笑記』の挿絵として掲げるものは、古浄瑠璃『公平天狗問答』の挿絵である。
3、仮名草子集成・第14巻(朝倉治彦・深沢秋男共編、1993年11月20日、東京堂出版発行)。寛永19年版11行本を底本として、無刊記本との異同を行間に示した。ただし、全面的な異同ではない。
4、教育社新書・原本現代訳51(渡辺守邦訳、1993年11月20日、教育社発行)。寛永19年版11行本を底本にした現代語訳(抄訳)。

参考
◎斎藤親盛(如儡子)の研究→http://www.ksskbg.com/nyorai/nyorai.html
◎平成22年度香川県公立高校、平成23年度京都府公立高校の入学者選抜学力検査に『可笑記』出題された。詳細 → http://www.ksskbg.com/nyorai/nyorai.html
 

新着ブログ: 可笑記