岩波文庫162ページ「しかあればすなはち、たゞ人間を挙して仏法とし、人法を挙して仏法を局量(こくりょう)せる家門、かれこれともに仏子と許可することなかれ、これただ業報(ごっぽう)の衆生なり。いまだ身心の聞法あるにあらず、いまだ行道せる身心なし。従法生にあらず、従法滅にあらず、従法見にあらず、従法聞にあらず、従法行住坐臥にあらず。かくのごとくの儻類(とうるい)、かつて法の潤益(にんやく)なし。行仏は本覚を愛せず、始覚を愛せず、無覚にあらず、有覚にあらずといふ、すなはちこの道理なり。」 そういうことであるからすなわち、ただ人間の世界を取り上げて仏法とするとか、人間の世界の理屈・しきたりを取り上げて…