4月7日に思う。 昭和20年4月7日は、5日10:00に辞表を提出した小磯内閣総辞職に伴い、大命が降った鈴木貫太郎・枢密院議長が内閣総理大臣となり鈴木内閣が発足した日である。 小磯國昭は総理就任前は朝鮮総督であり、組閣当時の彼の戦争観は、時期既に戦争を終わらせる方法を追求すべきであるとは思っていなかった。 彼は天皇陛下のお言葉である「戦争目的完遂とソビエトを刺激してはならぬ」を守る事と大本営政府連絡会議を改組し首相の戦争指導の権限強化を狙って「最高戦争指導会議」を設置したが、対ソ外交方針は「極力日ソ戦の惹起を防止し進んで日ソ国交の好転を図る」と重光外相によって語られている。北樺太の利権の返還、…