今思えば、東京の中に潜む古代性や懐かしさに対して、小説作品にまで昇華させていたのは日野啓三さんだった。 1970年代から80年代にかけて、日野さんは半蔵門近くに住み、深夜、皇居周辺を歩き回りながらコンクリートの冷え冷えとした感覚の向こうに、何かしら懐かしさを感じ取りながら、その懐かしさと呼応するように神経を研ぎ澄ませて、向こうからやってくる声に耳をすませていた。 当時の日野さんの小説は、長い海外放浪から帰ってきた私の心の深いところをとらえた。他の小説家の小説に倦んでいた私は、日野さんの小説を夢中で読み続け、神保町の古本屋で日野さんの本を片っ端から買い集めた。後に日野さんに会った時、それらをお見…