大豊泰昭

大豊泰昭

(スポーツ)
たいほうやすあき

プロ野球選手。本名、陳大豊
左投左打、ポジションは外野手→一塁手。背番号は55→60番。
弟に大順将弘

1963年11月15日生まれ。台湾南投県埔里出身。
1984年、王貞治に憧れ来日、名古屋商科大学に入学し愛知大学リーグ記録で活躍。
卒業後、日本人選手扱いとして入団するため、中日ドラゴンズの球団職員として1年間在籍。*1

1988年、ドラフト2位で中日ドラゴンズに入団。

1年目より一軍に定着。1994年、一塁手となり、本塁打、打点の2冠王を獲得し快進撃に貢献。
また、広島東洋カープ戦で18本塁打を記録し、年間カード別最多本塁打の日本記録となる。

1998年、久慈照嘉・関川浩一との2対2の交換トレードで、矢野輝弘と共に阪神タイガースに移籍。

移籍後も主力打者として活躍。

2001年、中日ドラゴンズに復帰。*2

2002年、現役引退。

引退後は、中日のスカウト部付・アジア地区スカウトを務める。

2004年には、名古屋に中華料理店・大豊飯店を開店した。

2005年、マスターズリーグ・名古屋エイティディザーズに入団。

2015年1月18日、急性骨髄性白血病で死去。享年51。

*1:現在は野球協約が改正されており、日本の学校教育を3年以上連続して受ければ、日本人選手扱いとして認められる。

*2:ドラゴンズ復帰の際、タンバリングが問題となった。

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