【古文】 八月二十余日、 宵過ぐるまで待たるる月の心もとなきに、 星の光ばかりさやけく、松の梢吹く風の音心細くて、 いにしへの事語り出でて、うち泣きなどしたまふ。 「いとよき折かな」 と思ひて、御消息や聞こえつらむ、 例のいと忍びておはしたり。 月やうやう出でて、 荒れたる籬のほどうとましくうち眺めたまふに、 琴そそのかされて、 ほのかにかき鳴らしたまふほど、けしうはあらず。 「すこし、け近う今めきたる気をつけばや」 とぞ、乱れたる心には、心もとなく思ひゐたる。 人目しなき所なれば、心やすく入りたまふ。 命婦を呼ばせたまふ。 今しもおどろき顔に、 「いとかたはらいたきわざかな。 しかしかこそ、…