《裁判でも原告と市側は儒教が宗教か否かについて激しく争っていた。にもかかわらず、最高裁は今回、儒教一般についての評価や孔子廟を管理する崇聖会が宗教団体かどうかの判断はしなかった。 定説のない宗教論争に立ち入らず、問題の核心部分から逃げた印象は否めない》(2月26日付中國新聞社説) おそらく<儒教が宗教か否か>を裁判で言い争っても埒(らち)は明くまい。が、儒教が宗教でないとすれば、<政教分離>問題と成り様もないわけだから、この<宗教論争>から逃げて「違憲」とだけすることには疑問もある。 《裁判官15人のうち唯一、反対意見を付けた林景一裁判官は、孔子廟の宗教性を「習俗化していて希薄」とした上で、違…