60〜70年代のプロ野球選手。 ポジションは内野手→外野手。
法政大学在学時には、山本浩二・田淵幸一と並んで、法政三羽烏と称さた。
1968年、ドラフト1位で南海ホークスに入団。 1973年、読売ジャイアンツへ移籍。 1976年、日本ハムファイターズで、外野手にコンバートする。 1980年、中日ドラゴンズへ移籍。 若手の台頭など様々な理由から、1982年に現役引退。
通算成績:1303試合出場、打率.269(4028打数1087安打)、107本塁打。 * リスト::野球選手
本日、偶然満ちていたTV番組「あの日、偶然そこにいて」で、 インベーダーゲームにはまって世界的な研究者となった富田勝慶應義塾大学教授 の言葉を聞いて、先日思っていたことに重なる部分がありました。 完全に正しく記憶できておりませんので若干正確ではないかもしれませんが、 ニュアンスはこんな感じでした。 人は何らかしら好きなこと、夢中になれるものがあり、それは人によって異なる。 それが富田先生にとってはインベーダーゲームであった。 大人は「そんなことをしてどんな意味があるのか?」と言うけれど 突き抜けると人生に大きな影響を与えるものとなる。 好きなこと、夢中になれることがゲームでももちろんいい。 親…