志の輔さんの小説版「大河への道」を読む。 私自身、耳で聞く人というよりは、目で読む人の傾向が強いので 活字を追うことで、いろいろ改めて腑に落ちたことがある。 伊能忠敬の人となり、地球の大きさを実測と理論値から推計する という目的を達した後も、どうしてそれほど過酷な測量の旅を続けたのか というのが、資料をどんなに読みこみ、想像を膨らませても 志の輔さんには腑に落ちなかった、ということだろうか。 いわゆる落語的なドラマに必須のままならぬ人生の哀感やら業=欲、が 人物像がはっきりしなくて、筋に込められず 伊能の出てこない(伊能の周囲の人のエピソードから浮かび上がる)伊能のお話し というトリッキーな形…