明治二十九年は、台湾総督府を取り巻く御用商人どもにとり、「冬の時代」の幕開けだった。 乃木希典がトップの椅子に座ったからだ。 その報が新聞を通して伝えられるや、彼の邸の門前に、たちどころに大名行列が形成された。 (Wikipediaより、台湾総督府) つい昨日まで名前も顔も一向存ぜぬ、何の縁(えにし)もなかったはずの連中が、突如として乃木の人事を「栄転」として我がことのように喜び讃え、「御見舞」または「御祝い」の品を担ぎこんで来たのである。 反物、菓子折、書画、骨董――素人目にも高価とわかる「捧げもの」の数々は、しかし畢竟、鯛を釣るための海老に過ぎない。 もしも乃木の愛顧を得、総督府の利権にう…