家康の七ヶ条定書を読むと、政策基調が秀吉とかなり異っていたことに気づかされる。そこで比較の意味も込めてしばらく家康や家康の代官頭らが発給した文書を読むことにする。 政策と社会構造がどのように対応するか一般論として述べることは難しいし、また安易にすべきでもない。ただ、ある文書が発せられる時「実現しようとする、あるべき姿」といった意図とともに「望ましくない現実」を反映していることは確かである。それを読み取っていきたい。 甲州御知行書立*1 一、千五拾六俵壱斗七升弐合六勺五才 中下条郷内ニ而*2 一、六百拾五表*3壱斗五升五勺五才 吉沢郷内ニ而*4 合千六百七拾表壱斗弐升三合弐勺*5(黒印) 右之分…