現代の拙僧などは、「紫衣」と聞くと、いわゆる「直裰」を意味するものだと思っているが、そもそもが、「直裰」が中国由来であることを思うと、「紫衣」という言葉には、袈裟の場合もあったと考えねばならず、中々難しいように感じた。すると、両方のことが載っている文脈を見出したので、紹介しておきたい。 故に扶桑記に云く、又伝教大師、八幡大菩薩のおんために神宮寺に於て自ら法華経を講ず。乃ち聞き畢りて大神託宣すらく。我法音を聞かずして久しく歳年を歴る。幸ひ和尚に値遇して正教を聞くことを得たり。兼ねて我がために種種の功徳を修す。至誠随喜す。何ぞ徳を謝するに足らんや。兼ねて我が所持の法衣有りと。即ち託宣の主自ら宝殿を…