昭和的歴史館に行けば 当時の暮らしが解るが、 ワタシ的「そんなに家は広くなかったぞ!」 主流の2Kか2DK団地に 4〜5人住まい。 食卓は 調味料や冷蔵庫のもの 誰かに言えば 座ったまま手が届く。 叔父の都営住宅は もっと狭く 集まれば10人規模。 皆くっついているから 話も通る。 お金がなくも ネガティブな気分は一切なく 楽しかったのは「いつも側に誰かいた」なんだろか。 空襲焼野原東京から 近代的な団地に住めた母は、 流れる月日、毎日その日が最高!だったろう。 テーブルに置かれる 大型ビール。 昭和55年頃 ビール業界全盛!ミニ樽シリーズ、 安くないが 当時は これがバンバン売れたのだ。 冷…