米公文書に記された日米交渉の経緯 1960年の日米安全保障条約改定をめぐる交渉で、核兵器を積んだ米軍艦の日本寄港を事前協議なく認める密約を両政府が交わしていたことを示す米公文書が見つかった。この密約を日本政府は認めていないが、さらなる検証が必要なことを示す発見だ。▼3面=非核政策の原点あいまい 信夫隆司・日本大学名誉教授が米国のNPO「国家安全保障公文書館(NSA)」から入手した米公文書の写し。1959年6月9日にマッカーサー駐日米大使が藤山愛一郎外相と交渉した翌日、日本側から外相が「秘密の解釈了解(classified interpretive understanding)」の可能性を考えて…