板倉勝静

板倉勝静

(一般)
いたくらかつきよ

幕末期の政治家(1823.01.04-1889.04.06).老中.備中国松山藩主.
父は桑名藩主松平定永.松山藩主板倉勝職(かつつね)の養子.
1849(嘉永2)年家督相続.50年奏者番,57年寺社奉行兼帯.
安政の大獄で更迭されるが,61(文久元)年復職し翌年老中.一時退職するが,将軍徳川慶喜を補佐した.
68(明治元)年に奥羽越列藩同盟の参謀となり箱館まで逃亡,新政府に自訴し終身禁固,のち許されて上野東照宮神職となった.