雨の日と登板試合が交互に来るほど、酷使されていた権藤博の通称の前半部分。 また、このような起用法を指す。
正確には「権藤、権藤、雨、権藤、雨、雨、権藤、雨、権藤」。
自らの現役時代を教訓に、投手コーチとしての手腕を発揮した。
→権藤博
"投票する成人男性"(出展:いらすとや) 日記 ナス彦 絶体絶命 投票用紙 ノーバウンド 日記 朝から投票に行き、そのままダイソーやマックスバリュに買い物に行った。昼食はマックスバリュで買ったサバの焼き魚弁当を食べた。 ハロウィンまであと4日もあるのにダイソーはクリスマス態勢になっていた。ハロウィングッズは隅の方でおとなしくしていた。 昔くすみ書房があった場所のセイコーマートがビルの取り壊しに伴い、今月末で閉店するらしい。ホットシェフはその前に28日で終了。跡地にできるビルも一階にコンビニエンスストアができてほしい。 家に帰ってルーシーがダッシュするとずれてしまう水飲み場マットの下に滑り止めを…
日本シリーズ始まった。 始球式は権藤さんで、キャッチャーは番長、バッターは小久保監督といった豪華メンバーで。権藤さん85歳なのにちゃんと投げれててすごかった。さすが権藤、権藤、雨、権藤でならしただけのことはある。そして試合結果 ソフトバンクの勝利。有原が良すぎてあれは打てないってピッチングだったし、DeNAも9回裏頑張ったのですが及ばすで仕方なし。ただ9回表の追加点が痛かったなぁ…。でも、オスナから3点取れたし明日に繋がる感じだし良しとしよう(そう思わないとやってられない)。ということで、トゥモアナってことで明日の試合で勝ってくれることを期待しよう。では。
伝説の選手たちをこの目で見てきた、大使です。 待ちに待った一日がやってきました。 2024年7月25日 ドラゴンズOBによるレジェンドゲーム であります。 要はOB戦です。 いざナゴヤドームへ! 今回はなにやらドームの様子がおかしい。 並びすぎです。 そう、内野席はほぼほぼ自由席なのです。 珍しすぎる! 入場前にこうして並ぶのは非常に久しぶり。 これがもはや貴重な事である。 一昔前の自由席って争いおきましたからね。 今はだいぶ皆さん落ち着きました。 まぁしかし自由席だろうが指定席だろうが関係ないのはコレ。 お馴染みであります。 たまんないねぇ。 ドームで飲む一杯、スタジアムで飲む一杯というのは…
たまにはあっさりと、ツイートみたいな野球について思うことを書いてみます。 ①守護神に指名 9回のマウンドを務める、いわゆる抑え、クローザーのピッチャーを監督が指名する際にマスコミは「◯◯を守護神に指名!」と書き立てます。 間違い。 正解は「◯◯をクローザーに指名!」です。 守護神というのはクローザーの中でも抜群の安定感を誇る優れたピッチャーが結果手にする畏敬の念が込められた呼称なのです。 ②権藤・権藤・雨・権藤・雨・雨・権藤・雨・権藤 言わずとしれた、往年の名投手、近年は名伯楽としておなじみの権藤博投手が、他に頼りになるピッチャーがいないがゆえに酷使されたことを、おもしろおかしく表現する言葉遊…
4月のはじめ、後輩さん一家と焼肉をカマしたときサジェスチョンを受けた。
今回はプロ野球でよく出ているワードについて書いていきます。 13回目は「酷使」です。 ①元々は先発に使われてきた言葉 野球において「酷使」は最初ローテーション制が敷かれておらず、支配下選手が少なかった1970年代までの先発投手に主に使われていました。 有名なのは「権藤権藤雨権藤、雨雨権藤雨権藤」と流行語にもなった1961年の中日の先発状況で、この頃は力のある投手に登板が集中しており、当たり前のように300イニング以上投げる選手が各球団にごろごろいる状況に。 今後破られないであろう途轍もない記録(400勝や401奪三振)を残す一方、怪我を負い短い選手生活を送った投手が山ほどおり、前述した権藤投手…
春ですね。でも、桜も終わって、少し気温が上がり気味の厚い時も春です。そうなると、私の足が悲鳴を上げます。この気温上昇と、大雨の気圧の変化で、喉の渇きを感じにくくなりって、水分量の調整が上手く行かないです。 今月に入って、長く続く発作の日々です。食事には、リンゴ酢と海藻類の水溶性の植物繊維質をたっぷりと食しています。このため、急激に良くなることもあります。とりあえず、体調が安定して居ません。 体調が良くなって、夕刻娘と散歩に行った夜の睡眠中に、足に感じる激痛で目が覚めて、「また発作?」って言う感じです。この周期が回っています。 周期と言えば、嫁が仕事場で持ち帰ってくる朝堀の筍も、2日続いて、1日…
長崎県唯一のフルマラソンということで、7、8年前から注目していたこの大会、念願叶って(執念実って?)ついに参加することができました。マラソンの概念を覆す程の素晴らしい大会で、マラソンを走ったという気がしません。旅ランの一つの最高峰といえるでしょう。フルの参加者がたったの167人というレア度がまたランナー心をくすぐります。 goto-tsubaki-marathon.jp すごいことだらけでしたが、とりわけ30km以降所々に見えるエメラルドグリーンの混じった海、岩に打ち付ける波とそのしぶき、とことん吹き付ける向かい風の中、人のいない道を進んでいく時間は、五島でしか体験できないもので、強く印象に残…
【2008年開幕時点】 近代投手が足を向けて寝られない背番号。何せ先発投手のローテーション制を導入した藤本定、先発・救援の分業制を根付かせた近藤が、その起用法を本格遂行した時に着けていたのが「61」。そしてある意味、反面教師的な促進材料となった'61年「権藤、権藤、雨、権藤{※1}」時の指揮官・濃人[のうにん]、を送り出してもいる。さらにはその'61年、濃人ドラゴンズを僅差でふり切りセリーグ制覇し“不成功{※2}”に終わらせた川上(哲治)ジャイアンツ、に終盤まさにふり切る瞬間の救世主として突如現れたのが、これまた「61」の村頼。 さて、それまでの流れをさらっておくと'52年、和田が22登板(6…