(本書のほか、J・D・カーの長編小説のトリックに言及しています。) 『悪魔が来りて笛を吹く』は、横溝正史が代表作と自負する長編である。1976年頃のエッセイで、自作のベストを選定するにあたって、田中潤司の選んだ5作(『獄門島』『本陣殺人事件』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』『八つ墓村』)を妥当としたうえで、その次に本作を挙げている[i]。しかし、恐らくこの順位は作者の本意ではない。少なくとも、作者が愛着をもっていたのは、『犬神家の一族』よりも『悪魔が来りて笛を吹く』のほうだろう。それは、本作の連載に並々ならぬ意欲を見せていたことや、構想の段階で実に多くの素材-モンタージュ写真、旧貴族の退廃、動…